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2017.10.10

人、自然、時代に挑んだ建築家の歩み
「安藤忠雄展 ー挑戦ー」

今国内で最も有名といえる建築家・安藤忠雄氏の過去最大規模の個展が、東京・六本木の新国立美術館で開催されている。独学で建築を学び、1969年に建築設計活動をスタートしてから約半世紀。過去に手がけた膨大な建築作品を、今回の展示に合わせて設定された分類により振り返る一方で、現在進行中のプロジェクトを数多く紹介。これから安藤氏がどこに向かおうとしているのかを示す、圧巻の展示となっている。

 

 

屋外展示場に再現された原寸大の〈光の教会〉。

 

 

打ち放しコンクリートや幾何学的な線

安藤忠雄の「原点」を知ことができる

 

世界各国の都市から大自然のただなかに至るまで、大小様々な建物、多種多様な用途の建物をつくり続けてきた安藤忠雄氏。大学に通うことなく独学で建築を学び、1969年に28歳で「都市ゲリラ」と銘打って建築設計活動をスタートして以来、既成概念を常に打ち破るような建築作品を世に送り出してきた。

 

時期を追うにつれて活動の幅も広がってきたが一貫しているのは、現在開催されている新国立美術館の展覧会「安藤忠雄展―挑戦―」のタイトルにある通り、挑戦する姿勢である。半世紀におよぶ数々の建築作品の中から89のプロジェクトについて、6つのセクションに分け、約270点の資料や模型から挑戦の過程が紹介される。

 

この展覧会で興味深いのは、安藤氏の「原点」に焦点を当てて紹介している点だ。活動の最初期の原点は今回のセクション1「住まい」であるが、続く「光」「余白の空間」「場所を読む」「あるものを生かしてないものをつくる」「育てる」も、安藤氏にとって重要な「原点」といえるだろう。設計の中核にあたるそれぞれのテーマを安藤氏自らが掘り起こしながら見つけ、展開していく様を展覧会では追体験できる。

 

 

会場内には安藤忠雄の仕事場の一部も原寸大で再現。

 

 

安藤建築の原点ともいえる〈住吉の長屋〉(1976年、大阪府大阪市、模型)。

 

 

プロローグとして、安藤氏が建築家となる前に世界放浪をした旅のスケッチや、大阪にあるアトリエの増改築の様子が紹介される。さらに、本棚に囲まれた吹き抜けと大きなデスクを持つアトリエの一部が原寸大で再現されていて、安藤氏が建築を生み出す「土壌」を体験することができる。

 

セクション1「原点/住まい」では、スレンダーな柱が並ぶ静謐な空間に、住宅作品が年代を問わず一挙に紹介される。打ち放しコンクリートや単純な幾何学的造形、自然との共生といった安藤建築の原型は、住宅の設計を通して培われていった。会場を入って右手には一つの事例について模型やスケッチ、映像が対応する展示が続く。

 

そして、実質的なデビュー作となった〈住吉の長屋〉については、手前に大きな模型が置かれ、左手の壁に詳細な図面が掲げられて紹介されている。なお、展覧会の入り口に開けられていた穴と壁は、〈住吉の長屋〉の出入り口を模したもの。会場構成は、安藤忠雄建築研究所によってデザインされた。壁には続いて作品が時系列に示された年表が貼られ、ものすごいペースで数々の名作が生み出されている様子がわかる。

 

 

再現された原寸大の〈光の教会〉(1989年、大阪府茨木市)。極限まで装飾を排して光や風を取り入れることで、安藤忠雄のめざす空間が完成する。十字架部分にはガラスは入っていない。屋外展示された原寸大の教会に入ると、そのシンプルな世界を体験することができる。

 

 

セクション2の「光」では、シンプルで研ぎ澄まされた安藤建築の中で感じる光に、焦点が当てられる。光をピュアに感じられる一連の教会作品を紹介しながら、野外展示場には〈光の教会〉を原寸で再現。比較的小ぶりな建築とはいえ、コンクリートの箱が立ち上がった姿は迫力がある。

 

このインスタレーションは、中に入って内部空間を体験することができる。原寸大ということで、天上高や建物幅のスケールや、奥に向かうに連れて下がっていく床の傾斜具合は同じ。入って正面に十字状に開けられたスリットからは光が入り、床・壁・天井を伝わってくる。

 

そして、実際の建物のスリットにはガラスがはめられているが、今回の展示では入っていない。安藤氏は、本当はこの教会にガラスは無いほうがいいと思っていて、いつかは取りたいと願っているそうである。念願が叶った形になる今回の展示ではより純粋に、光を楽しむことができる。

 

ただし、実際の礼拝堂の両側に並ぶ長椅子はなく、打ち放しコンクリートに浮き出た細かな模様はない。床の踏み心地も、どこか違ったような気がする。現在教会で定められている見学ルールに沿って、足を踏み入れた時の体験を味わうことをお勧めしたい。

 

 

〈上海保利大劇院〉(2014年、中国・上海・模型)。

 

 

〈中之島児童文学館プロジェクト〉(2017年、大阪府大阪市、計画案)。

 

 

環境と共生を建築のテーマに

人に、自然に、時代に挑戦し続ける

 

再び館内に入り、セクション3では「余白の空間」のテーマで、〈表参道ヒルズ〉〈上海保利大劇院〉などが紹介される。高密度な街の中で安藤氏が一貫して試みてきたのは、意図的に「余白」の空間をつくり、人の集まる場を生み出すことであった。

 

最近発表された〈中之島児童文学館プロジェクト〉も、このセクションに関連して展示されている。自ら設計から建築までを手がける「本の森」のような児童図書館を、大阪市に寄贈するという、安藤氏の推進する強力な計画である。

 

セクション4「場所を読む」では、大自然を舞台に大きな建築を手がけるようになった1980年代末から顕著なテーマにフォーカスが当てられる。周辺の環境と一体化し、場所の個性をより際立たせるアイデアが現れた事例として示されるのは〈真駒内滝野霊園 頭大仏〉や〈フォートワース現代美術館〉。

 

 

〈直島の一連のプロジェクト〉(香川県直島町)。インスタレーションや映像などで、壮大な「風景」を再現している。

 

 

そして、広い会場の中央に設置された大きな円形のブースは、一連の〈直島の一連のプロジェクト〉のためのもの。30年余りの歳月をかけてつくられた7軒の建築が、起伏を持つ島ごと模型で再現されている。そして、移ろう照明による空間インスタレーションや映像などで、安藤氏が壮大な「風景」を形づくってきたことが示される。

 

「あるものを生かしてないものをつくる」というセクション5では、歴史の刻まれた建物の再生プロジェクトが紹介される。

 

イタリア・ヴェニスでの〈プンタ・デラ・ドガーナ〉、さらにフランス・パリの〈ブルス・ドゥ・コメルス〉では、木でつくられた30分の1の模型が圧巻の迫力を醸している。古い建物を単に保存するだけでなく、コンクリートの壁による新しい建築要素を挿入することで新旧が共存し、新たな可能性がつくりだされる。

 

 

現在進行中の〈ブルス・ドゥ・コメルス〉(2016年、フランス・パリ・模型)。木でつくられた30分の1の模型は圧巻。古い建物を保存するだけでなく、コンクリート壁の要素を挿入することで新たな可能性を生み出している。

 

 

〈プンタ・デラ・ドガーナ〉(2009年、イタリア・ヴェニス、模型)。

 

 

そして最後のセクションでは「育てる」として、建築という枠組みを超えた社会活動に安藤氏が意欲的に関わった様子が示される。地元の大阪でのまちづくり活動、瀬戸内海沿岸、東京湾岸部での環境再生運動など、「建築づくり=環境づくり」と考える安藤氏の思想が、ドキュメンタリー映像を用いて紹介される。

 

映像では「木を植えると人が集まる。これもまた建築。生きていて良かったと思える場所も、建築。建築は建ててからがスタート」と語られる。建築も木のように、関わる人々がみんなで関心を抱いて手を入れ続けることで、育てられると安藤氏は長い活動を通じて確信している。

 

展覧会全体を通じて感じられたのは、安藤氏の底知れぬパワーだ。見所が出てきたと思っても、次々とダイナミックで明快な展示が現れ、幅広い層の来場者を飽きさせないように工夫されている。そして、建築と光や風、自然との一体感が存分に紹介されている。これはそのまま、安藤氏の建築物が人気を博す理由になっているように思う。

 

展覧会のプログラムとして、安藤建築を巡るスタンプラリーなども用意されている。この展覧会をキッカケに周辺の、そして各地の安藤建築を、機会を捉えてぜひ実際に訪ね、パワーを感じていただきたい。

 

(取材・文/加藤 純、写真/山西英二)

 

 

〈ブルス・ドゥ・コメルス〉の30分の1の模型の前で説明をする安藤忠雄氏。

 

 

安藤忠雄(あんどうただお)

1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年安藤忠雄建築研究所設立。代表作に「光の教会」「ピューリッツァー美術館」「地中美術館」など。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、1993年日本芸術院賞、1995年プリツカー賞、2003年文化功労者、2010年後藤新平賞、文化勲章、2013年フランス芸術文化勲章(コマンドゥール)、2015年イタリア共和国功労勲章グランデ・ウフィチャ―レ賞、2016年イサム・ノグチ賞など受賞多数。1997年から東京大学教授、現在、名誉教授。

 

 

 

安藤忠雄展 ー挑戦ー

会期:2017年9月27日(水)~12月18日(月)

会場:国立新美術館

休館日:火曜日

時間:10:00~18:00(金曜日は20:00まで) ※入場は閉館の30分前まで

料金:一般1500円、大学生1200円、高校生800円、中学生以下無料

11月3日(金・祝)、4日(土)、5日(日)は高校生無料観覧日(学生証提示)

住所:東京都港区六本木7-22-2

電話:03-5777-8600 (ハローダイヤル)

http://www.tadao-ando.com/exhibition2017/

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