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2017.10.02

二人の天才建築家の人生を美しい映像で綴る
映画「ル・コルビュジエとアイリーン
追憶のヴィラ」 10月14日より公開

近代建築の巨匠ル・コルビュジエと、約28億円の史上最高額で落札された椅子を手がけたことでも知られるデザイナーで建築家のアイリーン・グレイ。同時代に活躍した二人の建築家の人生に隠されたドラマを描く映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」が、10月14日より公開される。傑作〈E.1027〉をはじめとする実際の建築や家具などがふんだんに取り入れられた映像とストーリーは、建築ファンの心をくすぐり揺さぶる内容だ。

 

 

南フランスの美しい邸宅を舞台に

コルビュジエとアイリーンの人生に隠されたドラマ

 

美しい情景と人間ドラマに心奪われながら、建築トリップを堪能。映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」(原題は『The Price of Desire』)の100分はあっという間に過ぎてしまう。

 

この映画では、名邸宅を舞台に2人の建築家の活躍が描かれ、自然と建築、建築と人の幸福な関係を見せてくれる。また、芸術とは何か、どこから生まれ、どのように評価されるものなのかという深淵なテーマに迫るものとなっている。

 

映画の冒頭は、あるオークション会場の緊張感のあるシーンから始まる。2009年に著名なオークションハウスのクリスティーズで行われた「イヴ・サンローラン&ピエール・ベルジェ・コレクション」で、〈ドラゴンチェア〉がインテリアとして当時史上最高額の約28億円で落札される。

 

この椅子をデザインしたのは、アイリーン・グレイ。アイルランド出身の女性デザイナー・建築家で、1920年代からは抑制の効いたモダンなデザインで活躍した。

 

 

彼女は、恋人である建築家・ジャーナリストのジャン・バドヴィッチと過ごすために、別荘〈E.1027〉を1929年、南仏のリゾート地であるロクブリュヌ=カップ=マルタンに完成させた。

 

ピロティで宙に持ち上げられ、白く塗られた居住空間は開放的で流動的。外の豊かな自然を取り込み、中にいる人の動きを緩やかに包むような建築は、次世代の到来を高らかに告げるものであった。

 

この姿に驚愕したのが、アイリーンと同時代に生き、後に近代建築の巨匠として知られるようになったル・コルビュジエだ。まだ実作の少ない彼が考えていた「近代建築の五原則」を、アイリーンは軽々と実現していたからである。

 

コルビュジエが「住宅は住むための機械」と宣言したのに対して、アイリーンは「住宅は、人を包み込むための殻」と繰り返し語る。頭でっかちな理論からではなく、人間が抱く根源的な欲求から、希代の傑作が生み出されたのだ。コルビュジエはそんなアイリーンを賞賛しつつ、次第に嫉妬の入り混じった感情を抱いていく様が、劇中では丹念に描かれていく。

コルビュジエの心情を浮かび上がらせるのに用いられているのが、モノローグである。時折、言葉を発した後に、目線をそれまで見ていた焦点から外して独白が挟まれる。それは心の声であり、皮肉めいた本音も織り交ぜられる。この独白が映画全体で貫かれていることで、決して聖人君子ではないコルビュジエの側面が見えてきて、飽きることがない。

 

 

建築ファンも楽しめる現存する白亜の建築で撮影

「壁画事件」をめぐる数奇な運命が繰り広げられる

 

劇中で印象に残った、建築と人間との関係を描写したシーンのいくつかを紹介したい。

 

一つは、何度か現れるアイリーンの事務所の様子。白く装飾が排除されたミニマルな空間で、登場人物は正対したカメラアングルを基本として撮られている。静かで緊張感のある雰囲気が終始漂っているため、対照的にアイリーンとジャンなどの仕草や目の動き、心の動きまでもが強く浮き上がってくる。

 

もう一つは、別荘〈E.1027〉で繰り広げられるもの。アイリーンが現地で邸宅を完成させていく時に、建物の中でジャンと手を取り合って踊る場面がある。二次元の図面から三次元に立ち上がった様子に喜ぶと同時に、踊ることで空間を体験し、自らの肉体と融合させるようであった。それは建物に魂を宿らせ、建物を完成させるのに必要不可欠なプロセスだったのではないだろうか。

 

そして、アイリーンとコルビュジエの溝が決定的に深まった「事件」、つまりコルビュジエがアイリーンに断りなく、邸内の壁にカラフルで奔放なフレスコ画を描いてしまうシーンがある。

 

コルビュジエは、主のいなくなった邸宅で、壁と長い時間にわたって対峙しながら絵を描き上げていく。この行為もまた、〈E.1027〉を自らのものとするために、コルビュジエが必要としたプロセスであったに違いない。

 

 

そしてアイリーンの本意でなかったにせよ、コルビュジエが壁画を描き「芸術作品」とし、存続に力を尽くすことで〈E.1027〉はカップ=マルタンの地にあり続けた。コルビュジエは〈E.1027〉を愛するあまり(?)、すぐそばに休暇小屋〈キャバノン〉も建てて生涯にわたり長い時間を過ごしたほどである。この小屋も劇中には登場し、建築ファンをさらに喜ばせる。

 

なお、〈E.1027〉にまつわるシーンは、現存する建物で撮影されたものだ。強い陽射しを受けてきらめく地中海のさざ波を望み、力強い緑に囲まれた白亜の建築は、シーンが集積することで全体像が見えてくる。近年では修復作業が進み、〈キャバノン〉など周辺一帯のコルビュジエ作品と合わせて、歴史的な近代建築群として公開される動きがあるという。

 

「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」というアイリーンの言葉が、最後に響く。後に自らの家具作品が史上最高額を付けたことは、皮肉のようにも思えてくる。果たして芸術作品の価値は、何によって測られるのだろうか。

 

そして、図らずもコルビュジエの意思が加わった〈E.1027〉は、これからどのような評価を得ていくのだろうか。ぜひ機会があれば実際に訪れ、またこの映画作品を通じて〈E.1027〉を少しでも自分の一部として、楽しみにしていきたい。

 

(文/加藤 純)

 

 

© 2014 EG Film Productions / Saga Film

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『ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ』

監督・脚本/メアリー・マクガキアン

音楽/ブライアン・バーン 撮影/ステファン・フォン・ビョルン 美術/エマ・プッチ

出演/オーラ・ブラディ / ヴァンサン・ペレーズ / ドミニク・ピノン / アラニス・モリセット

2015年 / ベルギー・アイルランド / 英語 / 108分 / カラー / シネスコ / 5.1ch / 原題:THE PRICE OF DESIRE / 配給:トランスフォーマー / 提供:トランスフォーマー+シネマライズ

後援:アイルランド大使館、ベルギー大使館、スイス大使館 協力:国立西洋美術館、hhstyle

10月14日(土)よりBunkamuraル・シネマでロードショー公開。そのほか全国順次公開

http://www.bunkamura.co.jp/cinema/lineup/17_corbusier.html

 

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