アーバンインフォメーション
銀座の空にそびえる140個の白いカプセル
「中銀カプセルタワービル」
丸窓が付いたルービックキューブを思わせるような、カプセルの集合体が目を引く「中銀カプセルタワービル」。このユニークな集合住宅は、黒川紀章氏設計の名建築であり、銀座8丁目のランドマークとして知られている。外観ばかりかカプセル内部も、まるでSF映画に出てくるような未来空間。築45年たっても今なお人気が高い建物の魅力を探る。
居室にあたるカプセル部分は着脱可能
黒川紀章氏作品を代表する名作メタボリズム建築
銀座・新橋エリアの首都高のそばに、一風変わったビルがそびえている。少し遠くから見ると、2本の塔に鳥の巣箱が鈴なりになったような姿をしている。
近くで見上げると、丸い窓のある箱は、一つ一つが独立して規則的に取り付けられていることがわかる。どこから見ても、凄みや意思が感じられる建物である。この建物を一目見ようと国内外からの訪問者が絶えず、今やこのエリアの観光スポットの一つとなっている。
この建物は名前の通り、「カプセル」なる白い140個の箱が、タワー状の「コア」に取り付けられた集合住宅のビルだ。ビジネスパーソンの拠点となる都心のセカンドハウスとして計画され、1972年に竣工した。
設計は、今では一般的な「カプセル」という名称を建築に定着させた、建築家の黒川紀章氏による。黒川氏は1969年に「カプセル宣言」を発表し、個人という最小単位の空間で建築や都市を作ることを提唱。その提言をまさしく実現した姿といえる。
黒川氏は「メタボリズム」という、新陳代謝を繰り返しながら有機的に変化する建築や都市の姿を提案した建築運動の中心人物であった。この建物のカプセルと呼ばれる箱は、1つが約2.5× 2.5× 4m。軽量鉄骨で組まれていて、エレベータシャフトと配管などが通るパイプスペースを含む2本の塔に、ボルト留めされている。
このカプセルはトラックに載せて搬送でき、古くなり傷んでくれば、25〜30年で取り替えることが想定されていた。交換しながら生物のように新陳代謝する、メタボリズム思想の実践形ともいえる。
近代日本で建築家の作る建物は、いかにも立派で威風堂々としており、普遍的な姿が追求されていた。それに対して黒川氏の設計したこの建物は、小さな単位から自然発生的に出来上がったような姿であり、可変性や流動性が見た目にわかりやすいことが特異である。ニュータイプの建築家による、新時代の建築と生活像が、この建築物で見事に結実した。
約10㎡の狭小空間は
宇宙船のような未来の夢が詰まっている
入居者以外は中に入ることはできないが、エントランスを入ると小ぶりなホールがあり、エレベータと階段のあるコアへと続く。中心部のコアに住戸の箱が取り付いているため階段側は薄暗いが、住戸の扉を開けると、外側に向いた丸窓から外光が室内に入ってくる。
室内の広さは、約10㎡。今の一般的なワンルームマンションやアパートよりもずっと狭いが、ユニットバスやベッドが備えられ、1人で過ごすには十分な広さである。長手方向の壁には、カラーテレビやオープンリールのテープデッキ、ステレオレシーバー、デジタル時計、折り込み型デスク、収納、エアコンや照明などが備え付けられた。丸窓のシルエットと相まって、まるでSF映画に出てくる住空間のようであった。
竣工してから、今年で45年が経つ。このカプセルには現在でも多くの人々が住処やオフィスとし、日常を過ごしている。彼らの暮らしは本やホームページで垣間見ることができるが、多種多様な個性がダイレクトに出ていて、実に面白い。限られた最小限の空間を楽しむ様子は、現在ちょっとしたブームになっている「小屋」や「タイニーハウス」の姿とも重なる。
近年では趣味や二拠点生活の拠点として、また日常生活の拠点として、小さな空間を求める人々が増えている。中銀カプセルタワービルは「都市型の小屋」として、再び脚光を浴びるのではないだろうか。
カプセルは取り替えられるとはいえ、これまで一度も交換されることはなく、老朽化が進んだ。幾度も建物の取り壊しと建て替えの話が持ち上がったものの、住戸の所有者が中心となった保存・再生プロジェクトも発足し、現在でも唯一無二の存在感を放っている。
そして、理論と形が一体となった建築物として、いつ見ても刺激的である。部外者が勝手なことを言って恐縮だが、ここまで来たら丸ごと、この地で使いながら残すことはできないだろうか。いち建築ファンとしての願いである。
(文/加藤 純、写真・川野結李歌)
中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト
住所:東京都中央区銀座8-16-10 中銀カプセルタワービル