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2018.04.16

秘蔵のコレクションを初公開
「フランス絵本の世界」

世界的にも貴重なフランス絵本のコレクションが、東京都庭園美術館で初公開されている。フランス文学者の鹿島茂氏が30年以上にわたって収集してきた秘蔵のコレクションで、19世紀半ばからアール・デコ時代にいたる黄金期のフランス絵本を多数展示。同時期、「旧朝香宮邸物語」で建物内部も公開しており、アール・デコ様式の建築とフランス絵本の世界を併せて堪能することができる。

 

 

東京都庭園美術館で開催されている「フランス絵本の世界」。左は本館・正面外観、右は本館・大広間。

 

 

フランス文学者、鹿島茂氏の30年にわたる

貴重な絵本コレクションを展示

 

一歩、敷地内に入ればすぐ傍らを首都高が走っていることも忘れてしまうほど、静けさに包まれた緑が広がる東京都庭園美術館。その桜や松といった“和”の木立ちの中、歩を進めるとあらわれるアール・デコ様式の直線によって構成された建築は、外見上はその来歴からすると簡素すぎる気がしないでもない。何しろ旧朝香宮家の邸宅だったのだから。

 

現在「フランス絵本の世界」展が開催されている同館では、併せて「旧朝香宮邸物語」展と題して建物公開も行われている。全体で「アール・デコ・リヴァイヴァル!」の名の下、このスタイルをキーワードに2つの展示は効果的に結びついているというわけだ。

 

本館では朝香宮邸時代は当然のこと、吉田茂も住人だった外務大臣公邸時代にも触れる展示が並ぶ。妃殿下のドレスやバッグから当時の資料映像まで、各居室に順番に展示されている様子はまさに往時を彷彿とさせ見ごたえがある。アール・デコの“本物”の空間の中で実物に接することができるわけだ。順路を進んで新館へと向かうと、そこが「フランス絵本の世界」展の会場である。

 

 

(左)P.-J.スタール著/ロレンツ・フルリック絵『双子』出版年不明(1883年初版)より ©NOEMA Inc. Japan (右)アナトール・フランス著/モーリス・ブテ・ド・モンヴェル絵『われらの子どもたち』1887年より ©NOEMA Inc. Japan

 

 

フランス文学者、鹿島茂氏の30年にわたるコレクションは、美術品として価値有るものであることは言うまでもないが、史的にも体系だって蒐集された学術的にも価値有るコレクションとなっている。6つのパートから構成され時代順に展示される絵本たちは、タイトルに敢えて「子どものための~」と修辞が付く。逆に言えば“大人のための絵本”というカテゴリーが生まれたのは確かに最近のことかもしれない。

 

これらの絵本が「子どものため」のものであったことをわざわざ明言する必要があったのは、当時、子どもは「小さい大人」でしかなく理性を持たぬ不完全な存在と捉えられていたからで、たとえ大人にとって都合のいい矯正の論理であったとしても、子どものために絵本が作られたことなどなかったということだ。「子ども」の概念は(少なくとも西欧諸国では)近代をまってようやく確立したことに今更ながら驚く。

 

19世紀の雑誌・絵本と題されたれた第1章では、理性に導くことから次のステップへと進化した教育論に影響を受け、「感情を豊かにする」ために誕生した児童文学雑誌が展示されている。挿絵が入ったこれらの雑誌をフランス絵本史の始まりとするのだ。展示されたアルノー・ベルカンによる『ラミ・デ・ザンファン(子どもの友)』からは、1782-83に刊行されたものの19世紀の復刻版ではあるが、フランスの子どものための絵本の嚆矢であることを伝えるに十分な重みが感じられる。

 

 

(左)アルノー・ベルカン著『子どもと青年の友』(新版)1831年 ©NOEMA Inc. Japan
(右)ジュール・ヴェルヌ著/エドゥアール・リウ、アルフォンス・ド・ヌヴィル絵『海底二万里』1910年頃(1869年初版) ©NOEMA Inc. Japan

 

 

絵そのものが主役となった

20世紀、アール・デコ時代の絵本

 

続く第2章で大きく取り上げられているのは児童図書出版に新時代を切り拓いた出版人、ピエール-ジュール・エッツェル(作家名P.-J.スタール)である。彼の功績は枚挙に暇がないが中でもひとつ取り上げるとしたら、ジュール・ヴェルヌを見出したことだろう。言うまでもないが『八十日間世界一周』や『海底二万哩』のあのヴェルヌである。

 

エッツェルが刊行した「楽しくてためになる」子ども向け雑誌で、科学分野の読み物を担当したのがヴェルヌだった。驚異の旅シリーズとして単行本化もされるこの企画では、ヴェルヌのテクストを引き立てる挿絵画家を探すなどエッツェルの編集者としての辣腕ぶりが発揮された。

 

時代を経るにつれて展示作品はテクストの引き立て役であった挿絵から、絵そのものが主役となってようやく絵本らしくなってくる。この章で取り上げられるのは絵本の画家、モーリス・ブテ・ド・モンヴェルである。ジャポニズムの影響を受けたとされるフラットな表現で絵本の世界にモダンな風を吹き込んでいる。この部屋はブテ・ド・モンヴェルの作品のみで構成されており、中でも圧巻なのが2面の壁に亘って展開される『ジャンヌ・ダルク』の物語。

 

農家の娘が神の啓示を受け、イングランドとの戦争でフランス軍を率いて勝利を収めながらも、異端審問にかけられ火刑台に消えるというフランスの英雄の生涯が、時にフレームからはみ出しながらも淡々と進んでいく。添えられたフランス語のテクストがわからないのはもどかしいが、抑制された叙情からは静かな感動が呼び起こされること請け合いだ。

 

 

19世紀半ばからアール・デコ時代にいたるまで、黄金期のフランス絵本を多数展示。

 

 

そして展示はようやく20世紀、アール・デコの時代へ。この時代を代表する2人の作家が紹介されている。典型的なアール・デコのスタイルをもつアンドレ・エレと、バンド・デシネ(漫画)のスタイルを取り入れたバンジャマン・ラビエである。この頃には絵本の主役は完全に絵となった。

 

よりコマーシャルな応用芸術であるアール・デコは、建築やプロダクトデザインのみならずポスターなどのグラフィックデザインでも真価を発揮。このスタイルに長けたエレの平面構成のセンスには、子どものための、と但し書きが付いてしまうにはもったいないほどの洗練された味わいがある。

 

一方のラビエはフランス風漫画のスタイルを応用し、アニメーション制作にまで活躍の場を広げた。彼が描く動物たちの顔には眉があるのだが、細かな仕草でストーリーを語るアニメーションには当然欠かせないしかけであり、ラビエの絵本の中でも動物たちのまゆ毛は効果的に援用された。

 

 

(左)ガストン・シェロ(序文)アンドレ・エレ(本文)著・絵『80ページ世界一周』1927年より ©NOEMA Inc. Japan
(右)バンジャマン・ラビエ著・絵『アゾールとミスティグリ』出版年不明(1911年初版) ©NOEMA Inc. Japan

 

 

フランス絵本から感じとれる

“小さな大人”のために作られた世界

 

続く5章のテーマは「フランス絵本の人気シリーズ」。ラビエの擬人化された動物の系譜に連なり、フランス絵本の代表的キャラクターのひとつに挙げられるのがぞうのババールだろう。生み出されたのは1930年代。今なお現役のこのゾウの作者、ジャン・ド・ブリュノフは、妻が子どもたちに語った子ゾウの物語にインスピレーションを得てババールを生み出した。

 

このセクションのもうひとつのシリーズは「ペール・カストール文庫」だが、こちらは特定のキャラクターが主役を務めるシリーズではなく絵本の叢書である。だがナタリー・パランが作画を担当したことでもシリーズとしての体裁を得ている。キエフ生まれでロシア構成主義の薫陶を受けた彼女のスタイルは今見ても斬新で、“子どものための絵本”に位置づけておくのはもったいない。こちらも今なお古びない魅力に溢れている。

 

フランスの芸術というものはつくづく、大人の鑑賞に耐えうるものでなければならないのだ、ということを図らずも思い知らされる展覧会である。どれだけ子どものためと銘打っても、子どもの視点にまでは“下りて”いかない矜恃とでも言うのだろうか。

 

いちばん新しい現在のサンプルは見ていないわけではあるが、おそらく変わりはないはずだ。そう考えれば「たかが絵本」などと侮ることはできない。これら“小さな大人”のために作られた世界にも国民性は如実にあらわれるのだから。

 

(取材・文/入江眞介)

 

 

鹿島茂コレクション フランス絵本の世界

会期:2018年3月21日(水)~6月12日(火)

会場:東京都庭園美術館

開館時間:10:00~18:00(入館は17:30まで)

休館日:第2・第4水曜日(4月25日、5月9日、5月23日)

入館料:一般900円、大学生(専修・各種専門学校を含む)720円、

中学生・高校生・65歳以上450円

住所:東京都港区白金台5-21-9

電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)

http://www.teien-art-museum.ne.jp/

※「アール・デコ・リヴァイヴァル」として、建物公開「旧朝香宮邸物語」も同時開催

 

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