アーバンインフォメーション
心に潜む野生をさまざまに発見して紹介
『野生展 飼いならされない感覚と思考』
『野生展』という、あまりにもダイレクトな名前の展覧会が、東京ミッドタウンの21_21 DESIGN SIGHTで開催されている。人々の心の「野生」の感覚は、いわば本能であり知性であり、創造力に大きな刺激を与えるきっかけにもなっている。現代における野生とは何か。表現者たちは「野生の魅力」に着目して、多彩な作品や資料を通しながら、「野生の発見方法」を紐解いていくユニークな展示内容。展覧会ディレクターは、思想家・人類学者中沢新一氏。
人間の本能や知性として成し遂げた
心の野生を創造物として表現
飼いならされない感覚と思考、を切り口として開催されている『野生展』。新しい発見や創造を可能にする「野生の領域」に触れるため、そこにたどり着く通路を開く鍵を発見すること──それが展覧会ディレクターの思想家・人類学者の中沢新一氏による同展のテーマ解題である。
野生と聞いてイメージされるものはもちろん多様だろうが、同展の英題「Wild」のカタカナ訳「ワイルド」が想起させるものが凡その抱くイメージに近いはずだ。それはたとえば手つかずの自然や、人為の及ばぬ何かである。しかし、というか当然、同展にはその意味でのワイルドなものは展示されていない。
「飼いならされない感覚と思考」と副題にあるとおり、同展で語られる野生は人の本能であり、知性である。つまり展示物は人為によってこそ成し遂げられた創造物なのだ。それはたとえ自然の営みが作り上げた大いなる偶然の産物、「丸石」であっても変わらない。
その丸石は展覧会のはじまり、展示ルートの入り口で紹介される。地下神殿へと歩を進めるかのように厳かな体験を味わうことのできる安藤忠雄建築とあいまって、この展示構成の導入は見事だ。
おそらく、川岸の窪みに入り込んだ石塊が流水の力で回転を余儀なくされ長い歳月を経て角の取れた球体となったもの──それが丸石である。しかし、そこにこれを祀るという人為が加わったことでただの丸い石は「丸石神」へと変化したのだ。
これら巨大な丸石がどのように崇められてきたかを語る遠山孝之の写真とともに、展覧会入り口に鎮座する丸石神に対峙するとき、私たちの本能の中にある野生が呼び起こされること必至だ。
ちなみに、この「入り口」において同展ディレクターの中沢氏は野生を「繊細で、緻密で、優美」と定義している。荒々しい自然の中にあって滑らかな球体である丸石は繊細な美として映るということだろうか。
もちろん、自然を賛美することだけが野生ではない。次の空間では科学にまつわる野生が語られる。明治の博物学者、南方熊楠の研究資料の展示がそれである。南方を「人間の心(脳)に野生状態を取り戻すことで新しい科学的方法を生み出そうとした」と捉え、彼が発見し書き起こした研究資料が現代作家の作品とともに並べられているのだ。
とりわけ青木美歌のガラス作品と南方の資料とが同一平面に渾然と展示されているさまは同展の白眉といえるだろう。その組み合わせからは粘菌が胞子を生成するさまが思い起こされる。
青木が作品に込めた意図はもちろん別にあるだろうが、そのような解釈を許容するだけの度量があるということでもあるだろう。そして何よりもこの展示は「繊細で、緻密で、優美」だ。
多彩に展示された「野生の感覚と思考」を
観る側が自由な解釈で紐解いていく
さらに展示ルートに沿って歩を進めると、野生は少々混沌とした様相を呈し始める。あるいは、それこそがわれわれの抱く野生のイメージの多様さを如実に表しているということかもしれない。21_21 DESIGN SIGHTギャラリー2の巨大な空間に展開するテーマは2つ。「『かわいい』の考古学:野生の化身たち」と、「野をひらく鍵」である。
かわいいの考古学のテーマのもと展示されるのは人型縄文式土器からコーワのキャラクターまで。自然と人間の中間にいる存在として紹介されるこれら「野生の依り代」たちは、縄文のむかしから日本人がカワイイ・カルチャーを作り上げてきた証ということでもあるらしい。
カワイイの系譜を太古にまで辿る切り口は鮮やかだが、ただ、彼ら「依り代」たちは(この巨大なギャラリー2の空間に比して)小さいため、混沌の中に埋没してしまっている感は否めないのが惜しまれる。
続く野をひらく鍵ではこの空間いっぱいに、グラフィックデザイナーや写真家を含むさまざまな現代作家の作品が並置されている。
空間の大きさを活かした作品から、あるいは空間の大きさを超える存在感で迫ってくる作品まで、彼らをくくる緩やかな3つの切り口──大地、動植物、夢・神話はあるものの、多様な作品が特に流れなどはなくフラットに展示されている。ここではぱっと目に留まった作品から好きなように観てまわればいいのだ。何かに答えを示すという展示構成ではない。
無理やりなこじつけになるだろうか、ひと通り展示を見終わってフォークナーのある作品を思い出した。2つの独立した主題のストーリーが1章ごとに交互にあらわれる『野生の棕櫚』である。2つの物語は互いを補完しあっていると言われているが、一読しただけではその端緒すら見出すことは難しい。
野生というものは人がそれをどう解釈しようとそこに厳然としてあるのだろう。展覧会など観る者の自由な解釈に委ねられているのはいまさら言うまでもないが、この『野生展』は人の「飼いならされない感覚と思考」を、観る側も自らの内にまたあらためて思い知る機会となる。
(取材・文/入江真介、撮影/淺川 敏)
展覧会ディレクター:中沢新一
1950年、山梨県生まれ。思想家・人類学者。現在、明治大学 野生の科学研究所所長。東京大学大学院人文科学研究科博士過程満期退学。チベットで仏教を学び、帰国後、人類の思考全域を視野にいれた研究分野(精神の考古学)を構想・開拓する。これまでの研究業績が評価され、2016年5月に第26 回南方熊楠賞(人文の部)を受賞。
21_21 DESIGN SIGHT企画展「野生展:飼いならされない感覚と思考」
会期:2017年10月20日(金)~2018年2月4日(日)
会場:21_21 DESGIN SIGHT
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン
開館時間:10:00~19:00(入場は18:30まで)
休館日:火曜日 (12月26日~1月3日=年末年始)
入場料:一般1100円/大学生800円/高校生500円/中学生以下無料
*各種割引についてはウェブサイトを参照
電話:03-3475-2121
http://www.2121designsight.jp/