アーバンインフォメーション
誰でも楽しめる体験型の現代アート展
「レアンドロ・エルリッヒ展」
何気ない日常のシーンが視覚的な錯覚を用いた現代アートとなって、見る者に揺さぶりをかける。その不思議な光景による違和感は、現実なのかトリックなのか。アルゼンチンの現代アーティスト、レアンドロ・エルリッヒの作品は、驚きの連続となって観客の気持を捉えてくれる。森美術館で開催されている「レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル」は、子どもや家族でも楽しめるエンターテインメント性のある体験型の展覧会だ。写真撮影も可能なので、インスタ映えする写真も撮ることができる。
常識や既成概念にとらわれた見方を
エルリッヒの作品が覆してくれる
メトロポリス、東京のクリスマスツリーの如く聳える六本木ヒルズ。その煌く星のオーナメントである(事実上の)最上層に位置する森美術館で現在、開催されているのが『レアンドロ・エルリッヒ展』である。南米出身作家の大型個展としては、森美術館がオープンして以来、初の取り組みとなる。
アルゼンチン生まれのレアンドロ・エルリッヒが現代アート界を担う重要な作家の一人であるのは論を俟たないが、作品は大がかりなインスタレーション形式であることが多いため、その知名度に比して実際の作品を目にしたことのある人は案外多くないかもしれない。じっさい本展の全展示作品中8割は日本初公開となる。
ただ日本にも恒久的に展示される彼の作品はいくつかあり、そのうちもっとも有名なのが金沢21世紀美術館でSANAA建築と並ぶ露出度の高さを誇る、あの《スイミング・プール》である。実物にはまだ体験していなくとも、アート作品でありながらその内部空間は地下部に入り込み、天井となる水面越しに「地上」を眺める人びとの姿ならきっと目にしたことがあるはずだ。
エルリッヒが作品に込めるのは、「日常において私たちがいかに無意識のうちに惰性や習慣で行動しているか」。そして「いかに常識や既成概念にとらわれ凝り固まった見方をしているか」ということ。
これはアートの歴史と分かちがたく結びついたクラシックなテーマのひとつではあるが、とりわけ現代アートの世界で有効かつ魅力的な作品を生み出させる原動力となってきた。エルリッヒ作品においても当然、例外ではない。
本展でまず遭遇する作品は《反射する港》である。視界を高い壁に遮られた通路を進むと突然、波間にたゆたう数艘のボートが薄暗闇の中に現れる。穏やかな湾の中の港では波もそれほど立たないのだろう、ボートの揺れは緩やかである。水面に反射するボートの影も緩やかに波打っている。
しかし、そこに水はない。ボートの影は水に反射した後(イメージ)ではなくボートの下にまるでスカートのように取り付けられた「実体」なのだ。暗い水の上をゆったりと漂う動きは、コンピューターに制御された揺らぎである。そこにはない水面を現出させる試みは固定観念に揺さぶりをかけるだけでなく、同時に観る者の感情にも何らかの作用を及ぼしているようだ。この作品を推す声は少なくない。
「建物のファサードにぶら下がってみたい」
そんな夢を叶えてくれる参加型インスタレーション《建物》
《教室》は今回の日本での個展のために新たに制作された。エルリッヒの多くの作品に共通するアノニマスなスタイルと比べて、よりローカル色が顕著に表れた作品となっている。
古びた木造校舎の一室であろうこの教室では、向かって左に黒板を背にして教卓が、そしてそれに向かって生徒たちの机と椅子がまばらに並ぶ、ごくありふれた、しかし今では田舎の廃校でしか見られないような光景が展開している(当然、私たちはそれを直接見たわけではなく、恣意的なコンテクストのもとに語られる映像においてしか知らないのだが)。
その景色の「こちら側」にはガラス越しの「あちら側」に並んだ生徒の机と椅子を、反転させたかのように配された机と椅子が黒のフェルト地に覆われて並んでいる。そして「こちら側」の世界に立つとき、私たちの姿が向かい合うガラスに映りこむというわけだ。チャコールグレイに塗り込められた椅子に腰を下ろし机の上に肘をつく。するとガラスには廃校の教室で教師の声に耳を傾ける生徒の姿となってまるで亡霊のように浮かび上がるのだ。
この《教室》ではストレートに日本の少子化と過疎化の問題が取り上げられている。エルリッヒ作品にはこのようにガラスに仕切られて実像と虚像がない交ぜとなったものが他にもある。
しかし、どんなに目を凝らしてみても「あちら側」に映るのは、ぼんやりとしたはかない姿でしかないという点で、本作ほどこの仕組みの効果が遺憾なく発揮された作品はないように思う。ここでは「現実を問い直す」という彼のスタイルに社会問題の提起が重層的に加わって、より強いメッセージが発せられている。
もちろん、しかつめらしく接するばかりがエルリッヒ作品の正しい鑑賞法ではない。《試着室》や《美容院》では鏡の反映が無限に続くかのような、まさに鏡の国の迷宮へと足を踏み入れその錯覚を体感することこそが正しいし、かつ楽しくもある。「本物」の現代アートが楽しくて悪いはずがないではないか。
そして本展、最後の部屋に展示されているのが《建物》である。建物のファサードが床に、そしてそのファサードを映す鏡が45度の角度に据え付けられたこの作品は、鑑賞者の参加なくしては成り立たない。つまりファサードである床に人が寝そべることで、軽やかに重力と戯れる人びとが集う「壁」が成立するのだ。
アートは鑑賞者の見るという行為によって成立する。そして、エルリッヒの場合には鑑賞者の存在そのものが作品中に置かれてこそ完成するものも多い。例えば、反射するガラスや連続する鏡にそれを覗き込む人の姿が映っていなければ、それら作品の構造をうかがい知ることはできない。《教室》には彷徨う影が、《試着室》には鏡に向かってポーズを取る姿がなければならない。
私たちは進んで作品の中に身を置き、その姿を写真に残していい。撮影は大いに奨励されているし、「インスタ映え」する仕上がりになること請け合いだ。それもまた『レアンドロ・エルリッヒ展』の正しい鑑賞法である。
(取材・文/入江眞介)
レアンドロ・エルリッヒ
1973年、アルゼンチン、ブエノスアイレス生まれ。現在はブエノスアイレスとウルグアイ、モンテビデオを拠点に活動。主な個展に、MoMA PS1(ニューヨーク、2008年)、ニューバーガー美術館(ニューヨーク、2017年)など。国内では、大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ(新潟、2006年、2012年、2017年)、瀬戸内国際芸術祭2010(香川、2010年)などに参加。2014年には金沢21世紀美術館にて日本初の個展を開催。
レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル
会期:2017年11月18日(土)~2018年4月1日(日)
会場:森美術館
休館日:会期中無休
時間:10:00~22:00(火曜日は17:00まで) ※入場は閉館の30分前まで
料金:一般1800円、高校・大学生1200円、4歳~中学生600円、65歳以上1500円
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
電話:03-5777-8600 (ハローダイヤル)