アーバンインフォメーション
「1冊の本」から豊かな世界が広がる
銀座「森岡書店」が紡ぐ物語
「1冊の本の世界を味わってほしい」をコンセプトにしている「森岡書店」。東京・銀座1丁目の静かな場所にある、世界でいちばん品揃えの少ない本屋である。昭和初期の近代建築の趣のある建物の中のたった5坪の店内に、本から生まれた豊かな世界が広がっていた。
1冊の本を深く味わうことで
つくり手と読み手をダイレクトにつながる
2015年5月5日にオープンした森岡書店 銀座店には書棚がない。扱うタイトルは週替わりの1冊のみで、本が所狭しと積み上げられることもない。本屋でありながら、本屋のイメージからは対極のすっきりとした店構えである。
「ギャラリー」と言われたほうがしっくりくるような空間だが、あくまでも中心は「本」にある。
写真集、絵本、アートの作品集、建築の本、料理のレシピ本、花の本、小説など、森岡書店で扱う本のジャンルはさまざまだ。毎週、1種類の本を取り上げ、「その本の世界」を森岡書店という空間に展開して、展示販売する。
たとえば、写真集とオリジナルプリント。絵本と原画。建築の本と模型。小説と、物語から紡がれたアート作品。作家の身の回りのものを展示したこともあった。
店主の森岡督行さんは、神田の古書店で働いたのち茅場町に自身の店を出した。「森岡書店 茅場町店」。店名こそ同じだが、現在とはコンセプトも扱う本の数もまったくちがう。茅場町は古書店兼ギャラリーで、100冊ほどを並べていたという。
それがなぜ、「1冊の本」だけにスポットを当てるような店となったのか。
「茅場町のときにも、本を中心とした企画展は開催していました。著者やデザイナー、編集者など本づくりに携わった人のトークイベントやサイン会には、たくさんのお客さんが足を運んでくれる。そこに集う誰もが幸せそうだったので、もしかしたら扱う本が1冊だけでも書店として成立するのではないか、と考えたんです」(森岡さん)
森岡さんは、銀座に店を移転し、新たなコンセプトで「森岡書店 銀座店」をスタートさせた。「新刊書店の特設本コーナーが独立している、というイメージが近いかもしれません」と言われると、なるほど納得。
つくり手が本にかけた熱量や想いを読み手に伝える。その空間と時間=「場」を提供するのが、森岡書店なのだ。
森岡書店で出会った本から
想い出の1冊が生まれる
森岡書店は佇まいがいい。昭和4年に建てられた、築88年の古いビルの1階。昭和初期の近代建築として、東京都の歴史的建造物に指定された趣のある建物だ。
内装はいたって簡素。床はタイルをはがしたままだし、壁は白く塗っただけ。奥の床がウッドになっているのも「わざわざ選んだ」のではなく、昔、石炭を入れていた場所が窪んでいるため、大家さんが板を張ってくれたのだという。
だが、森岡さんらしいこだわりもある。展示スペースは黄金比とし、全面ガラス張りに。アンティークのカウンターには、低めに下げたペンダントライトと黒電話を合わせた。
「銀座に移転を決めた理由のひとつは建物だった」と森岡さん。鈴木ビルには、かつて写真家の名取洋之助、土門拳、藤本四八、グラフィックデザイナーの山名文夫、信田富夫、亀倉雄策らが参画した制作集団「日本工房」が事務所を構えていた。日本の出版界を牽引した第一線のクリエイターと深い縁のある鈴木ビルで、本屋を営むことは、森岡さんにとって大きな意味があった。
「残念ながら出版不況とも言われていますが、日本は印刷の技術も長けているし、凝ったつくりの本もたくさんある。エネルギーの詰まった本を紹介することで、日本の豊かな出版文化を知ってほしいんです」(森岡さん)
森岡書店では、6日間の会期中、1冊の本についてのトークイベントや朗読会などを開催している。本のつくり手と読み手の間にコミュニケーションが生まれることで、つくり手と、本と、読み手の関係性は、より密なものになる。
たいていのものがインターネット通販で買える時代。本も例外ではない。「本はインターネットで買う」という人が増えるに従って、街の本屋はどんどん減っている。
だからこそ「“本を買う”という行為そのものを楽しんでもらいたい」と森岡さんは言う。本の内容を、どのように展開し、展示するのか。著者や編集者と話をしながら決めていく。
オープン当初は、森岡さんが企画し、本のつくり手に打診することが多かったが、徐々に「本を出すので扱ってほしい」と声をかけられることが増えた。最近では、本の企画がスタートするときに展示の話がくることもあるという。
森岡さんが、つくり手と読み手をていねいにつなぐことで、ただの書籍ではなく想い出の1冊になる。森岡書店で出会う本には、買ったときの記憶も含めて所有する楽しみが生まれる。
そんな特別な1冊に、出合いに行ってみてほしい。
(取材・文/久保加緒里、写真・坂本堅輔)
森岡書店
住所:東京都中央区銀座1-28-15 鈴木ビル1F
電話:03-3535-5020
営業時間:13:00〜20:00
定休日: 月曜日