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2018.06.08

男女の愛を永遠にととどめた
ロダンの「接吻」から見えるもの

ずばり「ヌード」と題された展覧会が、横浜美術館で開催されています。美の象徴や表現として、世界のアーティストが永遠のテーマとして取り組んできた肉体やヌード。そうした近代西洋美術の根幹ともいえる身体表現の作品約134点を公開。全出品作がヌードで構成され、そのほとんどが英国テート・コレクションによるもの。中でも白眉ともいえる日本初公開のロダンの「接吻」を、アーティストの塩出麻美さんがレポート。男女の愛を永遠にととどめた大理石彫刻から何が見えてくるのだろう。

 

 

作品を鑑賞する塩出麻実さん。オーギュスト・ロダン「接吻」(部分)(1901-4年)(上)。

 

「一個」の白く発光する物体として現れた

オーギュスト・ロダンの「接吻」

 

ヌード、ヌード、ヌード。

写実や抽象、状況、メディア、そのほかをひっくるめ、さまざまに。

訪れた横浜美術館の「ヌード」の会場には、さまざまな切り口からのヌードの気配が入り混じります。

 

ヌードとは何でしょうか。私もアーティストの端くれでありますが、数多のヌードに魅了された作家の一人です。

 

ヌードというモチーフは、なぜ服を脱ぐ必要があるのか、という謎を明確に説明できないにも関わらず、ひどく蠱惑的(こわくてき)です。果たしてその魅力とは何でしょう。この度、そんなことを思いながら、展示を拝見してみました。

 

素晴らしい作品群に、その謎が少しずつ揺さぶられながら順路を進むと、突如、黒い壁の展示空間に出ます。「一個」の白く発光する物体として現れたのが、ロダンの「接吻」でした。

 

 

「どの方向からも甘美な接吻の気配は匂いたつのに、その部分は隠されています」

 

 

まず、遠目にも分かる、第一印象で味わうのは、「ゴロン」とした圧倒的な存在感です。一個の大理石を余すことなく美しいと感じると同時に、その重力に吸い込まれます。

 

さまざまな角度で複雑に彫り込まれる在り様にもかかわらず、この巨大な大理石は、私に、サイコロのような4つの正面性を感じさせます。この立方体感がゴロンとする現実以上の重量感をして、1つの物質感を増長させている気がします。初めてのこの像との対面に、私が真っ先に感じたのは、この「一個」感でした。

 

そして次に、「一個」の引力に歩みを奪われたある距離で、それが「二人」の人間であり、「接吻」をしているのだと知ります。

 

「接吻」なのだから、ついつい混じり合う唇部分を探してしまいます。二人の周りをぐるぐると歩き回るのですが、接触面、つまり実際に大理石として溶け合っている唇部分を目撃することが、意外と難しくて驚かされます。

 

正面左からチラリ、背中越しの後方左からチラリ。抱き合い絡む大きな腕に、あるいは片方の頬や唇の厚みに、結合の中心は隠されています。

 

どの方向からも甘美な接吻の気配が匂いたつのに、その結合部は隠され、たとえ覗けても、そこに形状はありません。対して、それを隠す「二人の身体」は、赤裸々に観察を許します。

 

 

「男性の背中は背骨を軸に左右対称に拡がり、筋肉が大きく盛り上がって別の方向にねじれています。それは女性の背中も同様で、大きな二人のねじれとして、美しい二対のカーブを描いて大理石に溶けています」

 

 

「一個の大理石」になろうと身体をねじる二人

そこに、二人の男女を感じる

 

まず惹かれたのは、男性の背中です。背中は背骨を軸に左右対称に拡がっていますが、その僧帽筋は大きく盛り上がり、左右で微妙に別の方向にねじれています。それは女性の背中も同様で、他の左右のある人体の要素も、同じくねじれ、二人をそれぞれ一人の人間として、いびつに彩っています。

 

片や、もう少し遠目に見れば、ひとり一人のねじれは、それより大きな二人のねじれとして、美しい二対のカーブを描きます。その二対に隠された中心で、大理石は溶けています。

 

私はこのねじれを見て「なんて美しい形状だ。人体は美しい。」と思いますが、もし、彫られている二人にそれを伝えることができたとしたら、どうでしょう。きっと彼らは私を憐れみ言うでしょう。「キスしたことないの?」

 

彼らにとってねじれは、人間の美しさの表現などではありません。それに相反する切実な目的、溶け合うため、にねじっているのです。

 

手を首に、手を腰に。二人がそれぞれ違う方向に身体をくねらすのは、抱き合い、キスするためです。それぞれに違う方向に傾ける首の角度によって、繋がれます。だから接触面は見えなくなります。「一個の大理石」になろうと身体をねじる二人に相反し、私はそこに「二人の人間」を感じてしまうのでありますが。

 

 

ピエール・ボナール「浴室」(1925年)
Tate: Presented by Lord Ivor Spencer Churchill through the Contemporary Art Society 1930 image ©Tate, London 2017

 

 

「一個」の塊であり、「二人」を彫り出されているこの「接吻」。

彫られた二人は物質的にも継続して一個の大理石であるのに、なぜでしょう、この像から、私は一瞬を感じてしまいます。それは、私が同じ「人」として、自分の何かを、この永遠に重ねているからかもしれません。

 

実際に「人」はこの像になれないことを知っているからかもしれません。それは、ねじれているからかもしれません

 

「接吻」からは、ヌードをモチーフに、このような、2であり1であることについての切り口を感じます。

 

ボナールからは、一筋の線を、

ホックニーからは、焦燥を、

ブラウンからは、平面を、

この日、私は感じました。

 

なぜ服を脱ぐ必要があるのか。それは、モチーフではなく、私たち鑑賞者の服の下に隠された一個の感情を引き出すためかもしれません。

 

帰路、電車に揺られながら、ヌードについて考えてしまいます。そして思います。私自身も「そう」である「ヌード」とは何なのか。

 

(取材・文/塩出麻美)

 

 

 

塩出麻美(しおであさみ)

美術家・東京藝術大学博士在籍。「存在の点滅、つながりの膜」をテーマに油彩など平面を広域に展開。人物を自作キャンバスに独自の手法で再構築する作品などを制作する。phase transition(バングラデシュ)、アートフェア東京2018・スイッチルーム(東京国際フォーラム)で作品を発表。

 

 

ヌード(NUDE) 英国テート・コレクションより

会場:横浜美術館

住所:横浜市西区みなとみらい3-4-1

会期:2018年3月24日(土)~6月24日(日)

時間:10:00~18:00 ただし6月8日(金)は20:30まで(入場は閉館の30分前まで)

休館日:木曜日

観覧料(税込):一般1600円、大学・専門学校生1200円、中学・高校生600円(*各種割引についてはウェブサイトを参照)

問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)

https://artexhibition.jp/nude2018/

http://yokohama.art.museum

 

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