デザインインフォメーション
ほとばしる想像力と画力がすごい。
アヴァンギャルドな江戸絵画に会いに行く!
『奇想の系譜』という書籍をご存じだろうか。美術史家の辻惟雄氏が1970年に著した日本の美術書。それまでまとまって書籍や展覧会で紹介されたことがなかった、自由で斬新な江戸絵画の知られざる潮流を明らかにしたものだった。
約半世紀前の当時はまだ江戸絵画史の傍流とされていた画家たち。意表をつく構図や色の強烈さ、その奇矯(エキセントリック)で幻想的(ファンタスティック)な表現を脈々と生みだした彼らを「奇想」という言葉で定義。異端ではなく「主流の中の前衛」と位置づけてスポットライトをあてた。これが美術の研究者はもちろん、横尾忠則や村上隆などの美術家に影響を与え、さらに一般の人々にまで話題は広がり、のちの大ブームをじわじわと醸成することになる。
今や多くの人々が知るところとなった奇想天外な江戸絵画。その新たな魅力を紹介するのが、現在東京都美術館で開催中の展覧会「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」だ。
展示は、日本でも世界でもすっかり人気が定着した感のある伊藤若冲から始まる。
伊藤若冲は、京都の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、実際に仕事を継いだのだが、40歳で家督を弟に譲り、自分は画業に専念、という経歴を持つ。写実と幻想を巧みに融合させて、濃密な色彩で精緻に描いた花鳥画、墨の濃淡をあやつる水墨画まで、その確かな画力が我々の心に迫る。昨年は代表作の《動植綵絵》全30幅が海を渡りパリで展示され、評判になった。
若冲の「鶏」への執着は半端なく、実物の徹底的な観察から生みだされた躍動感と緻密なディテール、そして鮮やかな極彩色の表現は他の追随を許さない。《紫陽花双鶏図》にはそれが存分に表現されている。同じ鶏でも《梔子雄鶏図》はひかえめだ。こちらは長く所在不明だったものが、なんと展覧会の準備中に約90年ぶりに再発見され、今回の初公開につながったという。
奇想の代表者ともいうべき曽我蕭白も、やはり京都の商家に生まれ、伊勢や播磨を放浪した後、40歳をすぎて京都に定住したとされる。18世紀京都画壇の鬼才たちの中でも最も激烈な表現を求め、江戸時代にはすでに「狂気」の画家と位置づけられていたという。
展示作品の《雪山童子図》の鬼にはその特徴がよく現れている。釈迦が前世で雪山童子として修行していた時に、悪鬼の姿に身を変えた帝釈天からその熱意を試される場面というが、ここまでおどろおどろしくなくても、とあまりの凄みに尻込みしてしまいそうだ。蕭白35歳頃の作品。ただ激烈なだけでなくて画力あってのこの表現であることは言うまでもない。
《群仙図屏風》の世界観もすごい。墨を基調としながら、けばけばしい着色を施した8人の仙人が並ぶ。この作品との出会いが、辻惟雄氏に『奇想の系譜』を執筆させるきっかけになったという、この展覧会の大事な作品のひとつだ。
サイケデリックなほどの激烈さをもった蕭白と対照的なのが長沢芦雪。同じ「奇想」でも、こちらはその大胆な構図と才気あふれる奔放な筆法で、エンターテイナーとも評される独自の画境を切り開いた。彼は京都・篠山の下級武士の子として生まれ、円山応挙に師事したが、師匠の写実画法を継承しながらも、この機知に富んだ個性をどうやって手に入れたのか気になる。
この《白象黒牛図屏風》あるいは今回初公開となる《猿猴弄柿図》のように、妙にリアルで愛嬌のある動物たちの表情にも注目したい。
ちょっと変わった経歴を持つのが岩佐又兵衛。彼の父は織田信長に仕え、のちに謀反の疑いで一族を信長に惨殺された荒木村重。又兵衛は乳母に救い出されて石山本願寺に保護され、のちに母方の「岩佐」姓を名乗り、京都で絵師として活動をはじめた。大和絵、そして漢画と呼ばれる中国宋代の水墨技法を中心にした画法の両方を完璧なまでに体得。どの流派にも属さないまま、絵巻、屏風絵などに多くの功績を残した。
「狩野派」といえば、室町時代から江戸時代末期にかけて約400年にもわたって流派を継承し、日本絵画史に大きな足跡を残した画家集団。そのうち、江戸幕府成立後も京都に残った「京狩野」という一派にいたのが、狩野山雪である。
もともとは九州肥前国生まれ。「京狩野」をひらいた狩野山楽に16歳の頃に弟子入りし、その後婿養子となって派を引き継いだ。計算しつくした理知的な幾何学構図で知られるが、展示の《梅花遊禽図襖》の老梅の幹が激しい屈曲を繰りかえしながら左に伸びていくその配置には、張りつめた緊張感が見られる。
「奇想」の絵師といえば、忘れてならないのが歌川国芳。近年、数多くの展覧会で取り上げられ、江戸絵画の中でも特に人気が高いのはご存じの方も多いはずだ。
もうすでに江戸時代も終わりに近づく頃、日本橋本銀町、今の日銀の裏手の町に生まれる。文政末期にいわゆるヒーローものの武者絵シリーズ「通俗水滸伝豪傑百八人之壺個」が江戸で大ヒットし、一躍有名になった。戯画、美人画、風景画にも発想の豊かな近代感覚を取り込み、奇想天外なアイデアと構図、独自の世界観は、現代のグラフィックデザインにも通じるセンスを持っていたといわれる。宮本武蔵の鯨退治伝説をもとに、三枚続の画面いっぱいに大鯨を配した《宮本武蔵の鯨退治》はその象徴といえる一枚だろう。
今回の展覧会は、書籍『奇想の系譜』に出てくる絵師に加え、二人の「奇才」を迎えている。それが鈴木其一と白隠慧鶴だ。
まずはこの鈴木其一《百鳥百獣図》を見てみたい。彼の代表作で、現在米国・キャサリン&トーマス・エドソンコレクションに所蔵されているものが日本へ初の里帰りを果たす。江戸絵画に興味のある方なら伊藤若冲の《鳥獣花木図屏風》あるいは《動植綵絵》の生き物たちを思い起こすかもしれない。細密な筆致で、ありとあらゆる生き物を描き出してひとつの作品にするという発想は、実際若冲から感化された可能性も高いとされる。
鈴木其一は、もともと江戸琳派の祖、酒井抱一の忠実な弟子で、抱一の代作も務めるほどだったという。しかし師匠の没後は、個性的な作風に傾斜。自然の景色を人工的に再構成する画風は当時としてはかなり斬新で、のちの近代日本画にも影響を与えていく。
江戸の中期に、衰退していた臨済宗を復興させたことで知られる禅僧が白隠慧鶴である。「不立文字(言葉に頼るな)」をモットーとする禅宗であったが、彼は1万点ともいわれるおびただしい数の禅画や墨跡を残しているという。画家として描いたのではなく、人々に仏の教えを広める手段として描かれた絵は、形式にとらわれない大胆でユーモラス。18世紀の京都画壇で奇想の画家たちの起爆剤になったという。
もう研究され尽くしたかのような絵画の歴史も、光の当て方でガラリと変わって見えてくる。辻惟雄氏の『奇想の系譜』は、固定概念にとらわれない美術の見方と楽しさを我々に教えてくれた。遊び心やほとばしる想像力を駆使して描き上げられた江戸の至宝。日本の文化に受け継がれる「奇想」のなんたるかを、ぜひ展覧会で感じたい。
文/杉浦岳史
『奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド』
会期:2019年4月7日(日)まで
東京都美術館
所在地:東京都台東区上野公園8-36
開室時間:9:30~17:30
金曜日、3月23日・3月30日、4月6日は20:00まで ※入室は閉室の30分前まで
休室日:月曜日(ただし4月1日は開室)
観覧料:一般1,600円、大学・専門学校生1,300円、高校生800円、65歳以上1,000円(3月20日はシルバーデーにより65歳以上の方は無料)
※詳細はウェブサイトをご確認ください。
公式ウェブサイト: https://kisou2019.jp
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)