デザインインフォメーション
人が感じる心地よい空間を問い続ける
「堀部安嗣展 建築の居場所」
建築にとっての居場所とは、人が建築で感じる居場所とは。建築本来の姿を感じさせ、考えさせられる建築家・堀部安嗣氏の個展「堀部安嗣展 建築の居場所」が、東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で開催されている。豊富な資料や現物、そして映像で示される堀部氏のつくる建築の世界を、ゆっくりと感じ取っていただきたい。
作品を通して見えてくる
堀部氏の建築がつくる居場所
26歳で独立してから20余年、住宅を中心に80を超える作品を手掛けてきている建築家の堀部安嗣氏。彼の作品には一貫してどこかドッシリとした安定感と落ち着きがあり、静謐な存在感を漂わせている。その魅力と秘密がどこにあるのか、個展ではじっくりと探ることができる。
会場ではじめに目にするのは、壁に取り付けられたドラムのシンバルだ。「なんだろう?」と疑問を抱きながら、そばに書かれた展覧会コンセプト文を読む。そこには、はっきりとした像を結ぶ「からだの外にある風景」と、おぼろげなイメージという「からだの内にある風景」を堀部氏は抱き、その二つの風景を見つめながら建築を考えていることが解説される。
その横にあるのが、堀部氏の詳細なプロフィール。ここで、幼少の頃に「幽霊屋敷」と呼ばれた家で過ごすのが好きだったこと、古建築に興味を持ったこと、高校の吹奏楽部でドラムとパーカッションを演奏するようになったことなどが示される。ドラムは以後も続け、堀部氏の特技となっているようだ。
続く壁面には、代表作の図面や写真、模型、作品にまつわるイメージなどが展示される。会場には、事務所の打ち合わせスペースで使われている椅子や照明器具、キリムに加えて、製図台やテーブルも持ち込まれた。そして、愛用のスネアドラムも3台。イージーチェアのあるスペースでは、堀部氏にとっての原風景がスライドショーで示される。
会場の真ん中に設えられているのは、中央に棚のある、細長いテーブル状の白い展示台だ。棚の上にはこれまでに竣工した建物のなかから26点について、木で製作した1/100の模型が並ぶ。さまざまな形状のなかに、幾何学的な構成をしたものが多いことが認められる。棚には、堀部氏が好きなDVDやCDなども納められている。
展示台の周りには、堀部氏が愛用し、設計した住宅にもよく勧めるという椅子が並べられている。腰を落ち着けながら、展示台の上に並べられた関連書籍や詳細な図面をじっくりと見たい。
図面を見ると分かるように、CADやCGツールが当たり前となりコンピューテーション全盛の時代にあって、堀部氏はいまだに手で図面を描き続けている。手を通して思考する感覚を手放さないことで自然に、人間の感覚に親しいディテールやスケール感を生み出しているようである。
これは音楽で、生身の人が生み出すグルーヴ感に通じるところがあるかもしれない。ビートを刻むのにドラムマシンやシーケンサーに頼らず、スティックやブラシにこだわりながらドラムを叩く堀部氏の姿が見えてくるようだ。
数々の堀部建築を巡るドキュメンタリー映像
私たち本来の居場所を確認していく
中庭には、日本建築学会賞を受賞した「竹林寺納骨堂」で実際に使われているベンチが置かれている。ベンチに腰掛けると聞こえてくるのは、堀部氏の携わった建築の現場で収録された音。虫や鳥などの鳴き声のほか、建設現場での音も流れてくる。
4階の第二会場では、「堀部安嗣 建築の鼓動」という30分のドキュメンタリー映画を上映。これは本展覧会のために制作されたもので、15の建築や現場で撮られ編集された映像で、「立ち去りがたい」と形容される堀部氏の建築の魅力に迫る。
冒頭で流されるのは、堀部氏がドラムでビートを刻む様子。意表を突く出だしの後には、堀部氏の建築に流れる時間が体感できる映像が続く。
映像では職人へのインタビューに関係して、堀部氏の建築観が紹介される。「建築家と職人の関係は音楽に例えると、職人は演奏者で、現場監督は指揮者。建築家は作曲者」。そして「建て主は聴衆者であり、やがて優れた演奏者になる」とも。
「イヴェール ボスケ」「鎌倉山集会所」のほか、現在の堀部氏の到達点として示される「阿佐ヶ谷の書庫」「竹林寺納骨堂」では、そうした演奏者の生の声が、絵になる一つひとつのシーンに絡み合うことで、生き生きとした建築の姿が浮かび上がってくる。
ディレクターの菅原康洋氏が、堀部氏の建築が「立ち去りがたい」理由として見出した、一つの答え。それは、堀部氏のつくる建築で見られる、相反する要素がうねりながら鼓動となり、私たちがもつ鼓動と重なるため、ということだった。
映像を見終えて3階に戻ってくると、左手の最初の2作品「南の家」「ある町医者の記念館」の展示に改めて目が止まる。10年以上前、筆者がある誌面でスケールをテーマにインタビューした際、堀部氏は木材の規格寸法を用いることをよしとせず、自らの体験から身体に染み付いた心地よい寸法を用いたことを説明していた。2,190mmと低く抑えられた天井高の「南の家」では、大地に続くような重心が低い空間を生み出している。
そうしてできた建築には堀部氏の作品に通底するリズム感のようなものが備わっており、私たちの持つ琴線を刺激するのだろう。「建築の居場所」と名づけられた本展のタイトルには、私たちに本来備わっている「心地よい空間」の記憶を取り戻し、それぞれが本来の居場所を見つけて欲しいというメッセージが込められているという。
クルーズ船の設計など、住宅以外でも確実に活動の場を広げている堀部氏が、これからどのように心地よく記憶に残る居場所を生み出していくのだろうか。今後の堀部氏の活躍がいっそう楽しみになる展覧会である。
(取材・文/加藤 純)
堀部安嗣(ほりべ やすし)
1967年、神奈川県横浜市生まれ。1990年、筑波大学芸術専門学群環境デザインコース卒業。1994年、堀部安嗣建築設計事務所を設立。2002年 第18回吉岡賞を「牛久のギャラリー」で受賞。2007年~京都造形芸術大学大学院教授。2016年 日本建築学会賞(作品)を「竹林寺納骨堂」で受賞。
代表作に「南の家」(1995年)、「ある町医者の記念館」(1995年)、「伊豆高原の家」(1998年)、「KEYAKI GARDEN」(2008年)、「イヴェール ボスケ」(2012年)、「阿佐ヶ谷の書庫」(2013年)、「竹林寺納骨堂」(2013年)、「鎌倉山集会所」(2015年)など。著作に『堀部安嗣の建築 – form and imagination』(2007年、TOTO出版)、『書庫を建てる』(2014年、新潮社)、『堀部安嗣作品集 1994-2014 全建築と設計図集』(2015年、平凡社)など。
堀部安嗣展 建築の居場所
会期:2017年1月20日(金)~3月19日(日)
会場:TOTOギャラリー・間
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜日・祝日
入場料:無料
住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
電話:03-3402-1010(代表)
http://www.toto.co.jp/gallerma/