デザインインフォメーション

2018.03.26

竹や木、金属などの素材から生み出される
建築家・隈研吾のしなやかな建築像

いまや日本を代表する建築家の一人となった、世界中で活躍する建築家・隈研吾氏の個展が、東京駅丸の内駅舎の中にある〈東京ステーションギャラリー〉で開催されている。「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」と名付けられたこの展覧会は、特に彼の建築で用いられる多種多様な素材に着目。時代や土地に合わせながらしなやかな建築を生み出す多彩なアプローチに迫る、見どころ満載の内容となっている。

 

(上)「Great (Bamboo) Wall」2002 Photo: Satoshi Asakawa
(下)「COEDA HOUSE」2017 Photo: Kawasumi・Kobayashi Kenji Photograph Office

 

 

10種類の素材を切り口にした

隈研吾の建築プロジェクトの再発見

 

東京オリンピックのメイン会場として広く注目を集める〈新国立競技場〉の整備事業や、今年9月に開館予定の〈ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム ダンディ〉など、国内外でさまざまな規模のプロジェクトを多数手がける建築家、隈研吾氏。「負ける建築」「自然な建築」などの理念をたびたび提唱してきた彼の、約30年にわたる建築プロジェクトを一気に概観する展覧会が開かれている。

 

今回の切り口は「素材」。時系列や建物のタイプごとではなく、建築を構成する際に用いられる素材に着目する、というものだ。その種類は、竹・木・紙・土・石・火(瓦/ガラス/樹脂)・金属・膜/繊維。細かく分けると10種類の素材で彼のこれまでのプロジェクトを分類・整理し、“もの”の観点から概観する。

 

上記の素材に、コンクリートが含まれていないことにお気づきだろうか。隈氏は、近代建築とは切っても切れない関係にあるコンクリートを、今回あえて外している。隈氏は20世紀が「コンクリートという物質に塗りつぶされ、圧倒的に支配された」(展覧会図録の巻頭言より)とし、コンクリートの普及で建築生産の現場から駆逐された多彩な物質に向き合ってきた。そして本展覧会では多種多様な素材との対峙によって得た手法と表現、空間をもって、これからの時代にふさわしい建築の姿を見せようとしている。

 

なお会場の〈東京ステーションギャラリー〉は、2012年に完了した東京駅の復原工事とともにリニューアルした美術館。今回先に見る3階は白い空間で「竹・木・紙」の軽く柔らかな素材に関連した展示がされ、創建当時のレンガ壁も見える2階展示室では重く固い素材が扱われる。展示内容と美術館の空間とのマッチングも楽しめる。

 

「ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム ダンディ」2018 Photo: Ross Fraser McLean

 

会場3階でまず現れるのは、「竹」のコーナーだ。その中には、隈氏が海外からの注目を集める契機となった中国・北京の万里の長城脇のホテル〈Great (Bamboo) Wall〉の紹介もある。直径60mmの竹の節を抜いて内部に鉄骨とコンクリートを充填し、小間返し(隙間も同じ60mmとする手法)で並べて壁にしたものである。こうしたアプローチ一つをとっても、素材との接し方、活かし方を隈氏が常に考えていることが見て取れるだろう。

 

隣接して〈ナンチャンナンチャン〉と題された、柔らかいカーブを描く竹のオブジェが設置されている。今回は残念ながら竹の床を踏んで歩くことができないが、柔軟性のある竹が揺れ動く作品のモックアップだ。モックアップというのは実際の建物に使われる素材でつくられた原寸大の部分模型のことで、各プロジェクトでは出来る限り全体模型や写真、映像などとともに展示されている。建物に用いられる素材の色や形状、密度や質感を見て確かめられるのは、本展覧会の大きな特徴だ。展示室はすべて撮影しシェア可能というのも珍しく、嬉しい。

 

奥まったスペースにあるのは、新作のパビリオン「香柱(こうちゅう)」。細い竹ひごが緩やかなカーブを描きながら接合されて立ち上がる。そして、畳の香りが光とともに立ちのぼって満たされている。幻想的で、五感で味わう建築の役割を強調した格好だ。

 

 

「ナンチャンナンチャン」2013 Photo: Designhouse

 

続く「木」のコーナーは、最も充実している展示の一つ。隈氏は、太く大きな木材で建物をつくるのではなく、細く比較的小さなサイズの木材を大量に組み合わせて全体を形作る方法をとることが多い。こうしてコンクリートのマッシブな面では得られない繊細な表情や、有機的で多彩な形態が得られることが、数々のプロジェクトの解説から分かってくる。

 

3階最後のコーナーは「紙」。紙が持つ柔らかな特性、また紙をつくる過程で液体として存在することに隈氏は着目。素材を扱う職人や作家と一緒に、新たな建築材料をつくり出す様子も見て取れて、楽しいものだ。

 

「中国美術学院民芸博物館」2015 Photo: Eiichi Kano

 

「小松精練ファブリックラボラトリーfa-bo」2013 Photo: Takumi Ota

 

素材の特性を分解しながら再構成し

新たな建築へと昇華させる

 

2階のレンガ壁で囲われたどっしりとした雰囲気の展示室に移り、最初に現れるのは「土」のコーナー。隈氏は、土を粉の集合体であると同時に液体としても捉え、土への通念を打ち破る見方を試みる。金属メッシュにガラスファイバーを混ぜた土を吹き付けた〈虫塚〉などは、その例だ。多孔質のセラミック板を屋根材に用い、植物を生やしたモックアップも展示される。生命感にあふれた建築は、身近に見てみたいものだ。

 

続く「石」のコーナーでも、隈氏の代表的なプロジェクトが目白押し。隈氏はアントニ・ガウディが設計した〈コロニア・グエル教会〉との出会いにより、石を薄くスライスして建物に化粧のように張るのではなく、塊として使う道を見出したという。そして、隙間を開けながら積む手法を丹念に検討し、土着的でありながら現代的な建築物を世界中でつくり出している。

 

今年9月にオープン予定で大注目の〈ヴィクトリア&アルバート・ミュージアム ダンディ〉は、石のコーナーに展示されている。壁面に取り付けられるのは工場生産されるコンクリートの部材であるが、断面の形状を台形とし、中に入れる骨材という小石などは粗いものを用いて高圧の水で表面を洗い出すことで、現地スコットランドの崖を想起させる表情を出すという。

 

「新作パビリオンのためのドローイング」2017

 

続いては「瓦」「ガラス」「樹脂」のコーナー。カタログではこれらは「火」としてまとめられている。火を加えることで、液体から固体へと転生する素材を紹介している。ここでも瓦やテラコッタを用いて隙間を開けながら面を構成する試みや、ガラスを異種素材と組み合わせながら建築材料をつくり出し、形作るようなアプローチが示される。素材の特性を分解して評価し、組み合わせながら新たな材料をつくっていくプロセスは、理科の実験過程を見ているようで興味深い。

 

ハードな特性を持つ金属でさえ、隈氏の手にかかれば柔らかく建築に用いられる。面材として、線材として、メッシュとして金属を活用し、時には他の素材と組み合わせながら使うアプローチ。また金属のユニットを作って可変性を持たせるなど、さまざまな手法がここでも展開される。

 

「浮庵(フアン)」2007 Photo: Kengo Kuma & Associates

 

最後に「膜/繊維」のエリアがある。膜や繊維といった軽く柔らかい素材で、確かな空間ができる。インスタレーションのように展示してある、バルーンと極度に薄い布を用いた茶室〈浮庵(フアン)〉は、その一例。現在工事が進行している〈品川新駅(仮称)〉では、鉄骨と木の混構造によるフレームに、テフロン膜による半透明な膜材をかぶせることで、障子のように光を拡散させる効果を持つ大屋根を実現させるという。

 

そして目を引くのは、カーボンファイバーという繊維で、既存建物の全体を覆う〈小松精練ファブリックラボラトリー fa-bo〉のプロジェクト。建物を覆う無数の繊維によって、以前の基準では不足していた耐震のための補強が施されている。重く固いコンクリートの構造物を、柔らかく弱いイメージの繊維で補うという、素材を巡る鮮やかなストーリーでこの展示会は結ばれていた。

 

素材の種類ごとに建築プロジェクトを系統づけた樹形図も、展覧会では見せられている。建築をつくるときの操作のしかたや形状によって、系統はさらに複雑に関連付けられる。こうして発想が飛躍することを、隈氏は心から楽しんでいるようだ。私たちも、これから建ち上がる新しい建築の姿を楽しみに待ち望みたい。

 

(取材・文/加藤 純)

 

 

くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質

会場:東京ステーションギャラリー

住所:東京都千代田区丸の内1−9−1

会期:2018年3月3日(土)~2018年5月6日(日)

開館時間:10:00~18:00(金曜日は~20:00、入館は閉館30分前まで)

休館日:月曜日(4月30日は開館)

入館料:一般(当日)1100円、高校・大学生(当日)900円、中学生以下無料

*各種割引についてはウェブサイトを参照

問い合わせ:03-3212-2485

http://www.ejrcf.or.jp/gallery/

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