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2017.06.16

壮大で繊細なブリューゲルの最高傑作
24年ぶりに来日――「バベルの塔」展

「バベルの塔」 ピーテル・ブリューゲル1世 1568年頃 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

 

世界的に有名な「バベルの塔」の油彩画が、24年ぶりに日本で展示されている。本展では、16世紀のネーデルラント絵画を代表するピーテル・ブリューゲル1世の「バベルの塔」をはじめ、ブリューゲル以降の画家に多大な影響を与えたヒエロニムス・ボスの油彩画2点も初来日を果たした。

 

 

「大きな魚は小さな魚を食う」 彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 1557年 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

「大きな魚は小さな魚を食う」 ピーテル・ブリューゲル1世、彫版:ピーテル・ファン・デル・ヘイデン 1557年
Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

 

 

圧倒的なスケール感と繊細に描き込まれたリアリティが

「バベルの塔」の普遍的イメージをつくりあげた

 

東京・上野の東京都美術館で開催されている『ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展 16世紀ネーデルラントの至宝-ボスを越えて-』は、15世紀末から16世紀にかけてのネーデルラント美術にスポットを当てた展覧会だ。

 

キリスト教を題材にした作品から、風景を主とした絵画や寓話的なモチーフなど宗教から離れた美術の素地をつくった作品群まで、ネーデルラント美術の全貌が凝縮されている。

 

最大の見どころは、展覧会のタイトルにもなっているブリューゲルの「バベルの塔」だ。

 

キリスト教文化にさほど詳しくなくても、「バベルの塔」ということばは耳にしたことがあるだろう。「ノアの方舟」のノアの子孫が天に届くような高い塔を建設していたが、ついに完成することがなかった……という旧約聖書に出てくる塔だ。

 

多くの作家がバベルの塔をモチーフにした作品を生み出してきたが、ブリューゲル以前のバベルの塔は、もっと規模が小さくせいぜい数階建ての細い塔。建築に携わる人々の姿も大きく描かれていた。

 

 

「ピーテル・ブリューゲル1世の肖像(部分)」 ヨハネス・ウィーリクス 1600年出版 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

「ピーテル・ブリューゲル1世の肖像(部分)」 ヨハネス・ウィーリクス 1600年出版
Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

 

 

ブリューゲルは地平線を見渡す雄大なパノラマのなか、雲を突き抜けさらに高みを目指して建築が続けられている塔をまるで巨大な要塞として描いた。海に浮かぶ船との比較によっても、その圧倒的なサイズ感が強調されている。

 

世界観は壮大だが、ブリューゲルの仕事はとてつもなく細かい。塔建築のための足場やはしご、レンガのひとつひとつ、塔の上層まで資材を運びあげるための滑車、船の細部まで緻密に描き込まれている。作品のいたるところに息づく人間など、米粒ほどの大きさである。

 

鑑賞者はスケールの大きさに驚き、仕事の緻密さに息を呑む。しかし、あまりの精密さゆえ、描き込まれた細部をつぶさに観察することは難しい。

 

今回の展覧会では、東京藝術大学COI拠点の特別協力を得て300%に拡大した「バベルの塔」の複製画や3DCGを駆使した映像も展示されている。先進の科学技術との融合により、優れた芸術作品を隅々までルーペなしでじっくり味わえるという点も好評だ。

 

われわれの思い描く巨大なバベルの塔のイメージは、ブリューゲルによってつくられたものだ。後世の創作にも大きな影響を与え、本展覧会の開催に当たっては、欧米でも人気の漫画家であり映画監督でもある大友克洋氏が、バベルの塔の内部を描いたデジタルコラージュ「INSIDE BABEL」を制作。企画展示入口横のホワイエに展示している。展覧会鑑賞の前後に、ぜひご覧いただきたい。

 

 

「INSIDE BABEL」 大友克洋 デジタルコラージュ:河村康輔 2017年 デジタルプリント、紙 ©マッシュ・ルーム 大友克洋

「INSIDE BABEL」 大友克洋
デジタルコラージュ:河村康輔 2017年 デジタルプリント、紙 マッシュルーム  大友克洋©川村康輔

 

 

(左)2016年11月28日、ボイマンス美術館を訪れた大友さん。 (右)帰国後、さっそく制作を手がける大友さん。内部構造を塔の外側と見比べて想像しながら、細かく描いていく。

(左)2016年11月28日、ボイマンス美術館を訪れた大友さん。
(右)帰国後、さっそく制作を手がける大友さん。内部構造を塔の外側と見比べて想像しながら、細かく描いていく。

 

 

ボスの生み出した奇想天外なモンスターが

16世紀の人々を魅了した

 

ブリューゲルの「バベルの塔」と並んで話題となっているのが、ヒエロニムス・ボスの肉筆画だ。宗教画を中心に描きコレクターもいたほど人気の画家ではあるが、現存する油彩画はわずか約25点と言われている。今回はうち2点「放浪者(行商人)」と「聖クリストフォロス」が日本に初上陸を果たした。

 

ネーデルラント絵画らしい写実的な描写にモンスターなど非現実のモチーフや暗喩を多彩にちりばめたボスの作品は、ブリューゲルをはじめ後世の画家にも多大な影響を与えた。16世紀にエッチングの技術が確立すると、ボスに倣った寓話的世界観を持つ銅版画が多数出版されるようになる。

 

 

「放浪者(行商人)」 ヒエロニムス・ボス 1500年頃 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

「放浪者(行商人)」 ヒエロニムス・ボス 1500年頃
Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

 

 

「聖クリストフォロス」 ヒエロニムス・ボス 1500年頃 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands (Koenigs Collection)

「聖クリストフォロス」 ヒエロニムス・ボス 1500年頃
Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands (Koenigs Collection)

 

 

「ボス・リバイバル」と呼ばれる作家たちの版画が広く人気を博したのもうなずける。その魅力は400年以上の時を経た現代でも色褪せることなく、見る者を楽しませてくれる。

 

奇怪でどこかユーモラスなモンスターたちは、なにかの比喩なのか、自然のなかに息づく精霊なのか、人間のなかにある性(さが)なのか……。たくさんのモンスターが活き活きと描かれた作品を眺めながら、そこで繰り広げられるさまざまな物語に思いを馳せているうちにあっという間に時間が経ってしまう。

 

ブリューゲルも「銅版画は、より多くの人に作品を普及させるために最適な表現方法」と考え、数多くの作品を残した。その多くはブリューゲルが下絵を描き銅版画家たちの手で彫版されたものだが、本展覧会には分業で制作されたそれらの作品と並んでブリューゲル自身が自ら彫った唯一の作品「野ウサギ狩り」も展示されている。

 

ボス、ブリューゲル、そしてボス・リバイバル含め現代まで名が残っていない作家たち。この機に、宗教画から発展したネーデルラント美術の世界にとっぷりと浸かってほしい。

 

(取材・文/久保加緒里)

 

 

「ヒエロニムス・ボスの肖像(部分)」 ヘンドリック・ホンディウス1世 1610年 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

「ヒエロニムス・ボスの肖像(部分)」 ヘンドリック・ホンディウス1世 1610年
Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

 

 

ボイマンス美術館所蔵 ブリューゲル「バベルの塔」展

16世紀ネーデルラントの至宝―ボスを越えて―

会期:2017年4月18日(火)~7月2日(日)

会場:東京都美術館 企画展示室

住所:東京都台東区上野公園8-36

電話:03-5777-8600(ハローダイヤル)

時間:9:30〜17:30(金曜日は20:00まで) ※入室は閉室の30分前まで

休室日:月曜日

観覧料:一般1600円、大学生・専門学校生1300円、高校生800円、65歳以上1000円、中学生以下は無料

http://babel2017.jp

※7月18日(火)~10月15日(日)に大阪・中之島の国立国際美術館に巡回。

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