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映画監督、詩人による美術館初個展
園子温 展「ひそひそ星」
デビュー以来、数々の作品を世に送り出し、国内外で支持を集める映画監督・詩人の園子温(その・しおん)氏。彼の最新作に合わせた展覧会『園子温 展「ひそひそ星」』が、ワタリウム美術館で開催されている。美術館初個展となる展覧会では、いくつかの大規模なインスタレーションが展開。既成概念がねじられるような体験が、訪れる人を待っている。
構想25年の壮大な物語が結実
映画の世界観をインスタレーションで展開
観る人を惹きつけ、ラストまで飽きさせない。映画監督であり詩人でもある園子温氏の映画『愛のむきだし』『ヒミズ』『ラブ&ピース』、また原発事故をテーマにした『希望の国』など、作家性の高いことで知られる。
時には過激な表現で話題になるが、観ているうちに引き込まれる大きな理由は、妙にリアリティをもった設定にあるといえるだろう。
最新作の『ひそひそ星』は、25年前に園氏がアパートの1室で描いた555枚の絵コンテを、自身の手で2016年の映画として結実させたもの。
アンドロイドの女性が宇宙船に乗って広大な宇宙をさまよいながら、滅びゆく絶滅種と認定されている人間たちに1人1人の「記憶の宅配便」を配達するという物語である。
その設定は、現実とはかけ離れたものに感じられるかもしれない。しかし時間や距離、場所や空間といった日常の感覚を伴い、強いメッセージを訴えかけてくる。
たとえば『ひそひそ星』では、30デシベル以上の物音をたてると犯罪行為になる。大きな声を上げると叩かれる、現代社会への風刺ともとれないだろうか。
展覧会は、園氏が映画では語りきれなかったメッセージをビジュアル・インスタレーションとして、さらに発展させたものと位置づけられている。
2階で展開されるのは、映画の中で登場する「ひそひそ星」の舞台から派生した作品である。
〝「今際の際(いまわのきわ)」の橋〟と名付けられたその空間は、通路の両側に障子貼りの壁が続き、障子には影絵となった人の姿が浮かび上がる。そして、ひそひそ声の会話が障子の向こうから聞こえてくる。
表情も会話の内容も分からないが、日常生活を営む人々の姿は、どこか可笑しく少し不気味。そう客観的に見ているつもりが、自分の姿も障子の向こうの人々に投影されていくように感じた。
会場の吹抜けを活かして障子による壁は大きく立ち上がり、ダイナミックに連続する。吹抜けには、赤と黒の糸や梯子が錯綜。
「今際(いまわ)」は「今はこれ限り」、つまり「死に際」を意味する。壁の間の通路は、「あの世」と「この世」の架け橋であるという。私たちは皆、生と死の境界線で常にうつろう状況で生きていることを示唆している。
覆される既存の価値観と圧倒的な現実
その中で大切にするものを見る者に問いかける
3階に上がると雰囲気は打って変わり、忠犬ハチ公のインスタレーション作品が展開する。
言わずと知れた、渋谷駅前の待ち合わせスポットのハチ公像。100年先にわたるハチ公の姿が制作されている。100年後、…ハチ公はもうあそこにはいない。自ら台座を降り、去っているのである。
「ぼくはもうここにはいない」という一文で始まる詩が、ハチ公像の背後の壁一面にあしらわれている。赤い壁に白く描き殴られたその文面は、園氏の思いがストレートにぶつけられたようだ。「ぼくにはハチ公の銅像が墓石に見える」。
そして、詩では東日本大震災の記憶が呼び起こされる。「渋谷のビルもぶよぶよの寒天に見える」。
もちろんハチ公の銅像も、人々も、人々の思いも、寒天のよう。私たちが知らず知らずに抱いていた動かないもの、変わらないものに対する価値観を、東日本大震災は根底から揺るがした。
銅像の一体は現在、福島県南相馬市の鈴木さんという家にいるといい、会場ではその光景が映像で流されている。
この鈴木邸は庭に警戒区域の境界が引かれた家で、映画『希望の国』の設定の元になった家である。特に警戒区域周辺では今なお震災直後の風景があり、その中でハチ公は何かを待っている。
『ひそひそ星』のロケの多くは福島県の富岡町、南相馬、浪江町で行われ、いまだ仮設住宅に住む地元の人たちの協力を得て敢行されたという。
荒廃した惑星の風景、ささやき声、配達物を受け取る演者は、現地の風景であり人々である。圧倒的な現実が『ひそひそ星』のフィクションを現在に引き寄せているようで、身震いする。
4階では、555枚にわたる『ひそひそ星』の絵コンテがすべて壁面に展示されている。そして、映画のいくつかのシーンがつなぎ合わせられて上映されている。ほぼコンテ通りに忠実に映像化したのだという。モノクロームで静かな映像と、コンテを比べてみると面白い。
会場の中央には、映画の中で届けられる配達物が納められた箱が、積み重ねられている。揺すって中身を想像することが勧められているが、あなただったら何を受け取りたいだろうか。
個人的には、瓦屋根が載り、いかにも昭和なインテリアの宇宙船レンタルナンバーZについて、展示でもっと詳しく知りたかったが、それは別の機会を待ちたい。
本展覧会は『ひそひそ星』の世界観を広げるだけでなく、時間や距離などの思索を深めるのにうってつけだろう。園作品のファンだけでなく、広く閲覧をお勧めしたい。
(文・加藤 純、写真・川野結李歌)
園子温(そのしおん)
愛知県豊川市生まれ。17 歳で詩人デビュー。「 ジーパンを履いた朔太郎」と称される。映画監督デビュー作「俺は園子温だ!」(85)と翌年の「男の花道」がPFF(ぴあフィルムフェスティバル)に入選。インディペンデント映画の牽引役となり、作家性の高い作品を発表している。主な監督作に「冷たい熱帯魚」(11)「希望の国」(12)「地獄でなぜ悪い」(13)「ラブ&ピース」(15)「ひそひそ星」(16)など多数。国際的な映画祭でも活躍しているが、絵本の出版や水道橋博士とのお笑いデュオなど、ジャンルの壁を傍若無人に渡り歩いている。
園子温 展「ひそひそ星」
会期:2016年4月 3日(日)~ 2016年7月10日(日)
会場:ワタリウム美術館
住所:東京都渋谷区神宮前3-7-6
電話:03-3402-3001
休館日:月曜日
開館時間:11時より19時まで(毎週水曜日は21時まで延長)
入館料:大人1000円 / 学生(25歳以下) 800円/小・中学生500円/70歳以上の方700円
ペア券:大人2人 1600円 / 学生2人 1200円