デザインインフォメーション
京都を表現する現代建築の第一人者
岸 和郎:京都に還る_home away from home
日本を代表する実力派建築家である岸和郎氏の展覧会が、東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で始まった。京都大学で学び京都に事務所を構え、京都にある3つの大学で教えてきた岸氏。京都とは切っても切れない関係にある彼が展覧会に付けたタイトルは「京都に還る_home away from home」というもの。「還る」という言葉に込められた、彼の京都との距離感と心持ちが、展覧会全体に表現されている。
京都から距離を置きつつ、京都へと還る。
相反する心理を、これまでの足跡とともに見る
30歳代で京都芸術短期大学(現京都造形芸術大学)で教鞭をとることになり、同時に京都で建築家としての歩みを始めた岸和郎氏。
必然的に京都の背景を持つことになるが、本人は京都とは心理的にできるだけ離れようとしてきたという。プレスカンファレンスで、岸氏は次のように語った。
「京都は歴史的文脈が強い街です。絡め取られないように街との距離を置かないと、作家として何もできないように思っていました」。事務所から5分ほど歩くと、大徳寺という傑作がある。身近な古都・京都は、若き建築家にとって脅威だったのである。
そんな彼が事務所設立から約35年、展覧会に付けたタイトルは「京都に還る_home away from home」。
副題の意味は「我が家のような早く帰りたいところ」であるが、彼にとっては同時に「距離をとりたいところ」を表しているという。相反し揺らぐ気持ちを、この展覧会ではどのように見て取れるだろうか。
展示会場に足を踏み入れると、明るい中庭に向かって水平に広がるような感じを受けた。これまでの他の展示と比べると、会場の中に衝立などなく、細長い展示台の高さも低く抑えられている。これは、京都的な建物の構成へのオマージュだろうか。
展覧会の内容は、これまでの岸氏の活動の集大成である。
3階の第一展示室では、教鞭をとってきた大学での活動を中心に展示。大きな展示台3つに並べられている模型や図面は、京都芸術短期大学(現京都造形芸術大学)、京都工芸繊維大学、京都大学の学内に設計した建築物のものだ。
これらはOBや現役生、また縁の深い研究室が協力して制作されたもの。岸氏の実作を髣髴とさせる精緻なディテールをもつ模型を、じっくりと鑑賞したい。映像では、実際に学生によって使われている様子を見ることができる。
壁面には、大学での活動と同時期に設計していた建築物のドローイングや図面が展示される。最初に展示されるのは、国内外で数々の賞を受けた「日本橋の家」。岸氏にとって、極めて現代的に設計したはずが、海外からは「日本的だ」と評されて驚いたという住宅作品だ。
その後90年代半ばに、大徳寺真珠庵と高台寺和久傳がクライアントである「紫野和久傳」の設計を依頼され、岸氏は現代的であり日本的なあり方を模索して七転八倒したという。「しようがない、京都に還ろう、と決心したのはこのときです」と岸氏は語る。
京都を俯瞰して見ながら、奥深さを感じる。
岸氏が捉える京都的な感覚とは
中庭には、グリッドの線が施された白い床が据えられている。その上には、持ち上げられるようにしてアクリルのキューブがいくつも設置。このキューブの中には、建築物の姿が彫り込まれている。これらは、京都と京都周辺の作品を模型で表したものだ。
ランダムな配置は何を意味しているのかと思ったが、グリッドは市内の道を表し、苔の生えたグリーンの四角は京都御所を表し、中庭の大きな石は比叡山を表しているという。中庭を京都の街に見立ててしつらえた、小さなランドスケープ作品である。
ちなみに、室内の窓際に置かれたベンチは、城戸崎和佐氏のデザインによるもの。ちょうど、京都駅の位置に設置してあるそうだ。中庭を眺めながら、駅から市内の情景を思い描きたい。
4階の第二展示室では主に、岸氏が手がけた仕事が年代や用途、規模にこだわらずに紹介される。その立地も日本全国、また海外とさまざまである。それを表すように窓ガラスには、東京都心の風景写真が透明シートにプリントされて張られている。中庭を見下ろすと、東京の街を通じて、京都の街が感じられるという趣向だ。
展示室の手前側では、竹中工務店によって開発された最新の「DESKRAMA」というシステムで、「京都市美術館新館計画案」を体験できるコーナーがある。これは、図面上でタブレットを動かすと、地下に埋められた建物のプランや断面、鳥瞰パースを見ることができるものだ。建築物の見方や理解の仕方を広げる、インタラクティブなデバイスである。
会場の奥には、立礼卓(りゅうれいじょく)という、椅子に座ってお茶をたてられるテーブルが設置されている。オリジナルは都内の某所に設計した茶室にしつらえたもので、茶道芳心会を主宰する木村宗慎氏と細かい協議を重ねて制作したという。壁にはその部屋の様子がプリントして貼られている。
そして第二会場は、淡いピンクの透ける布で仕切られている。この「テキスタイルウォール」は、岸氏の教え子であるテキスタイル作家・森山茜氏によるもの。会場全体の中でアクセントとなるピンクという色は、最も岸氏のイメージとはかけ離れていることから選ばれたというが、違和感はない。
この布を通じて、壁面に並べて展示された35mmのポジフィルムが透けて見えるのも一興だ。これらの写真は、岸氏がフランスやイタリア、アジア諸国を訪れた際に撮影したもの。さまざまな建築体験を通じて岸氏の現在があることを表している。
さて岸氏は現時点で「京都的・日本的なもの」をどのように捉えているのだろうか。本人に質問したところ、「この30年間ほど設計してきて学んだのは、目線の高さを低くすること。そこにどう光と影を入れるか、ということです」と明快に答えていただいた。
第一展示室で感じた広がりは、こうした操作をもとにしている。「そして、素材を素直に使うこと。人工的な素材でも楽しく使えるのですが、フェイクは使わないことです」と岸氏。
思い出したのは、岸氏が手がけた「ライカ銀座店」(2006年)の素材使いだ。工業的な素材であっても、素質を活かして組み合わせることで魅力を増幅させる。現代的な和の手法の効果は、実際に訪れて体感していただきたい。
そして、この展覧会。岸氏の作り上げてきた世界を京都的と感じるか、それとも何か別の印象を受けるか。ぜひ実際に見て、京都という街、そして現代建築の奥深さに触れていただきたい。
岸 和郎(きし わろう)
1950年、横浜市生まれ。1978年、京都大学大学院修士課程建築学専攻修了。1981~93年、京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)、1993~2010年、京都工芸繊維大学にて、現在は京都大学大学院にて教鞭を執る。「日本橋の家」で日本建築家協会新人賞受賞(1993年)の他、国内外において受賞多数。
主な作品に、日本橋の家」(1992年)、「紫野和久傳」(1995年)、「深谷の家」(2001年)、「ライカ銀座店」(2006年)、「東京国際空港ターミナル商業ゾーン」(2010年)、「曹洞宗佛光山喜音寺」(2012年)など。
『プロジェクティド・リアリティーズ』、『重奏する建築』(ともにTOTO出版)ほか、著書および作品集を国内はじめ各国より多数出版。
岸 和郎:京都に還る_home away from home
会期:2016年1月28日(木)~3月20日(日)
会場:TOTOギャラリー・間
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜日・祝日(2月11日のみ)
入場料:無料
住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
電話:03-3402-1010(代表)
http://www.toto.co.jp/gallerma/