デザインインフォメーション
不思議な世界観で独創的な活動を続ける
チリの建築家「スミルハン・ラディック展」
空想か、現実か。おとぎ話に出てくるような建築のプロジェクトが紹介される展覧会が、東京・乃木坂のTOTOギャラリー・間で開催されている。チリの建築家スミルハン・ラディックが生み出す、用途が特定されず虚実の入り混じった建物群。刺激的な数々のプロジェクトを読み解く鍵は、会場内に展開する模型にある。
チリの原風景やお気に入りの童話などを源泉に
見方によって自在に変化するユーモラスな模型群
チリの首都サンティアゴを拠点に独創的な活動を続ける建築家、スミルハン・ラディック。
2010年ベネチア・ビエンナーレ国際建築展ではインスタレーション「魚に隠れた少年」を出品して注目を集め、2014年サーペンタインギャラリー・パヴィリオンでも脚光を浴びた。このパヴィリオンは、オスカー・ワイルドの短編『わがままな大男』に着想を得て制作した模型作品が、大きな作品として発展し結実したものだ。
今回の展覧会は、「BESTIARY:寓話集」と名付けられている。中世ヨーロッパで広く流布した寓話集は、事実とフィクションが混在し、挿絵では実存しない生き物が数多く登場するのが特徴。彼は自分の構想する作品を、寓話集の挿絵に描かれる架空の存在に見立てて紹介する。
3階の第1会場の中央には、13点の模型が一直線に並べられている。面白いのは、「NAVE – パフォーミング・アーツ・ホール」(2015年)のように現実のプロジェクト模型の間に、おとぎ話か夢に出てくるような建物が混ざっていること。
新作の「マイ ファーストタワー」(2016年)では、タワーのように立てられたチーズシュレッダーとキューピー人形が並べられる。脇に小さな人形が添えられることで、両者は巨大な構築物に見えてくる。
しかし、それらはすべて「建築」作品として荒唐無稽なものではない。前述したようにパヴィリオンとして展開した作品もあるし、プロジェクトの一部に取り入れられたアイデアもあるのだ。
展示室両側の長い壁面には、広大な公園のランドスケープとイベントホールをデザインする「ルッソ・パーク・プロジェクト」の模型が据えられている。このことで、寓話集としてパッケージするかのように、すべての模型に「建築」としてのリアリティがもたせられていると感じた。
中庭では、どことも知れない場所に設置されたサーカステントの内観写真が大きく引き伸ばされて、無造作に設置されている。中央には「GALAXIA」という名前。黄色と赤色のテント地は、おそらくチリの強い日差しを受け、異国情緒を漂わせつつこの中庭に同化しているようだ。
サーカスも、日常と非日常が入り混じる特別な場である。そして、先述の「NAVE – パフォーミング・アーツ・ホール」では、屋上部分にサーカステントが張られている。現実の建物であっても、ラディックはあくまで寓話的な要素を融和させようとするようだ。
幻影的なヴィジョンが現実のものへと変わり
形として発展していくプロセスを体感
上階では、模型が現実のものとなったプロジェクトを中心に、大小の模型やスケッチが並ぶ。進行中の「ビオビオ市民劇場」、「直角の詩に捧ぐ家」(2012年)などの模型は、アレハンドロ・リューエルという建築家の協力によるもの。木で精巧につくられた大きな模型なので、覗き込んで建物を疑似体験するといい。
「サーペンタイン・ギャラリー・パヴィリオン」(2014年)では、文学から着想した「わがままな大男の城」の模型と、パヴィリオンの大きな模型が近くに並べられる。プロジェクトへと結びつく様子がイメージされるように、壁面にはマスキングテープによる模型や水墨画のようなスケッチが吊るされている。
そして、会場の1壁面に沿って吊るされているのは、モレスキンなどの小さなスケッチブック約100冊。ラディックがアイデアをしたためてきた手帳のようで、1冊ずつ手にとって見ることができる。
表紙裏にナンバーが振られたそれらをめくると、建物のイメージから全体計画のスケッチ、材料同士の取り合いを検討するディテール、また旅で見た風景らしきスケッチ、メモなど雑多な内容が詰まっていて飽きることがない。
会場奥の壁面には、2本の映像が上映されている。右手は、今回の展覧会に合わせて制作されたもの。作品の解説やアイデアの元となったテキストなどが示される。絵画や演劇、文学などに影響を受けながら、ラディック自身が巨石など圧倒的な物体に向き合い、多大なエネルギーをかけて形にする様子が伝わってくる。
「オレンジ・ノイズ」と題された左手の映像では、建物などの実作をつくるプロセスに合わせて、プロジェクトに関連した詩的な内容のナレーションが流される。ここでは、彼の幼少期の記憶、さらにはチリに移民としてやってきた祖父のルーツも示される。
ここで自分はようやく、中庭に展示されたサーカステント、また模型の意味合いがわかってきた。ラディックのルーツである民族が移動しながら寝泊まりする一時的な住まいが、巡業するサーカスのテントと重なる。そして、パヴィリオンのようなコンテンポラリーな空間と類似する。
ラディックは、建築物そのものではなく移ろう存在に永遠の価値を見出し、それを模型の形でとどめようとしているのではないか。幻影とでもいうべきヴィジョンが模型として立ち現れる瞬間に、彼のひらめきは現実に着地する。「私たちにとってはどの模型も、まさしくその建築プロジェクトに対する確信の現れなのである」と彼はいう。
そう思って模型を改めて見ると、それぞれはやはり立派な「建築」である。これから、どの模型が現実のものとして立ち現れ、体感することができるだろうか。そのときに、移ろう存在はどのような輝きを放つだろうか。今後の活動に、期待が増し加わる。
(取材・文/加藤 純)
スミルハン・ラディック Smiljan Radić
1965年、チリ、サンティアゴ生まれ。1989年チリ・カトリック大学卒業後、ヴェネチア建築大学で学ぶ。1995年にSmiljan Radić Arquitectoを開設。2001年チリ建築家協会35歳以下の最優秀国内建築家賞受賞。2015年Oris ACO Award受賞。主な作品に「サーぺンタイン・ギャラリー・パヴィリオン2014」(イギリス、ロンドン/2014年)、「直角の詩に捧ぐ家」(チリ、ビルチェス/2012年)、「NAVE-パフォーミング・アーツ・ホール」(チリ、サンティアゴ/2015年)などがある。
スミルハン・ラディック展 BESTIARY:寓話集
会期:2016年7月8日(金)~9月10日(土)
会場:TOTOギャラリー・間
開館時間:11:00~18:00
休館日:月曜日・祝日
入場料:無料
住所:東京都港区南青山1-24-3 TOTO乃木坂ビル3F
電話:03-3402-1010(代表)