行ってみたいデザイン空間
建築模型を展示しながら保存
新発想のミュージアム「建築倉庫」
右を見ても左を見ても、見渡す限りの建築模型。建築模型だけのミュージアム「建築倉庫」が今年6月にオープンし、多くの反響と来場を呼んでいる。
建築模型というものは、模型の中でも特殊であるし、それら建築模型だけで構成される施設というのもかなり特殊。
建築模型のどこに惹かれ、建築模型が集合した先には何があるのだろうか。建築模型を見つめると、実際の建築や建築にまつわる文化をより深く味わえる。
建築と建築文化を雄弁に語る模型をアーカイブし、
展示しながら保存するミュージアム
東京・天王洲アイルの倉庫街にオープンした「建築倉庫」。白く塗られたエントランスから入って背の高い木の扉を開けると、レセプションがある。
さらに進むと、建築模型が足元から頭上にまで納まった背の高い棚が、広いスペースに並んでいる。薄暗いなかに照明でボワッと浮かび上がる模型は、目線の高さでは水平方向に連続し、まるで大きな街全体を俯瞰するような光景が広がる。
約450㎡、天井高5.2mの大空間に集めて展示されているのは、現在のところ25組の建築事務所が作成した模型、約320点。第一線で活躍する有名設計事務所から若手建築家の事務所、いわゆる組織設計事務所まで、さまざまな種類の事務所である。
それらの建築模型は、大きさや縮尺がまちまちである。棚の間を巡りながらもう少し細かく見ると、建築模型と一口にいっても、多くの種類があることに気づくだろう。
建物の完成した姿を見てもらうための、精緻な模型。設計のコンセプトや意図を分かりやすく伝えるための、抽象化した模型。案を検討する際に用いた、事務所外の人に見せることはあまり想定されていないラフな模型。ディテールを検討する際に作成した、細かなところまでつくり込んだ部分模型、……等々。
なかには、コンペといわれる設計競技で落選した案の模型も散見される。コンペが終わっても、それぞれの建築家は自らの案に自信と確信を抱いている。過去には落選した案のほうが注目されたこともあるし、革新的なアイデアは別のプロジェクトに生かされることも多い。
建築模型には思想が生き生きと反映され、時として実物以上に、建築そのものや建築文化を雄弁に物語るのである。
「建築倉庫」館長の徳永雄太氏は、「施設名称を『建築模型倉庫』とせず『模型』をあえて含めなかったのは、建築自体にフォーカスを当てる意図があります。模型を通して、建築のアーカイブをしているのです」と語る。
この十数年来、実は建築模型には注目が集まっていた。海外では有名美術館がアートピースとして建築模型を収集していたし、日本の建築家には世界中からスポットが当たっている。
一方で、建築設計事務所では大きな模型を、事務所内の限られたスペースにずっと置いておくのが難しい。また自然光や温湿度の変化で傷みが進みやすく、廃棄されがちな存在である。日本の建築模型は流出するか喪失するかの道を辿っていた。
こうした状況を打開したのが、「建築倉庫」を手掛けた寺田倉庫である。美術品を温度・湿度の管理をしながら保管することに長けている同社は、意外とデリケートな建築模型の保存保管にも本領を発揮している。そしてミュージアム機能も持たせ、唯一無二の存在となっている。
建築模型に垣間見える日本建築界独自の設計プロセスと
建築模型を通して発信される日本の建築文化
施設内は、建築模型を保存保管するだけでなく、模型鑑賞に没頭できる環境が用意されている。白い棚の基本サイズは、幅1.5m・奥行き75cm・高さ3.8m。世界的な建築家である坂茂氏のアドバイスをもとに、特注して配置したものだという。
それぞれの棚に取り付けられたスポットライトからはLEDの光が過不足なく当てられ、細かいところまで観察できる。そして、一般の建築展で展示されるような写真や図面類は一切ナシ。
展示棚に設置されたQRコードをスマートフォンなどでスキャンすれば、設計者のプロフィールや竣工写真や図面等の情報にアクセスできるという仕組みだ。なお、館内では基本的にスマートフォンなどでの撮影がOK。SNSでの拡散も見込まれている。
特に面白いと感じるのは、設計のプロセスが垣間見える模型群。設計者は建物を最終的に一つの形にするにしても、大まかなボリュームの検討から細かいディテールの検討まで、事務所によっては実に膨大な模型をつくる。
考えながら模型をつくり、できた模型を眺めて触りながら考え、図面やスケッチも描きながらまた模型をつくったりと、進んだり戻ったりしながら設計が進むのである。展示ではそれぞれがどのような段階での模型なのか、いま一つつかめないのが少し残念だが、その様子は十分に伝わってくる。
徳永館長は「このような『スタディ模型』と呼ばれる模型を、日本人は特に数多くつくる傾向があります。海外では木や樹脂、鉄が模型に使われることも多いのですが、日本ではスチレンボードという発泡スチロール板に紙を貼り合わせた材料が多いのは、模型による検討が多いためです」と語る。
建築模型を通して、日本建築界の独自性が見えてくるのは面白い。海外からの来場者も多く、平日は全体の半分ほどを占めている。個人で訪れるほか、建築を巡るツアーに組み込まれていることもあるのだとか。
建築家を招いた講演会や、子どもが模型をつくるワークショップなども開催しており、建築模型をメディアとした展開はこれからも積極的に企画されるという。徳永館長は「いずれは海外に模型を貸し出し、模型が世界を旅するようにしたいですね」と語る。
「都心からのアクセスのよい天王洲エリアには、水辺を生かしたレストランやショップもたくさんあります。建築倉庫は21時までオープンしているので、ぜひ周辺スポットと合わせて訪れてください」と徳永館長。都心でありながら、ゆったりとした時間の流れる「建築倉庫」で、建築模型の世界に浸っていただきたい。
(取材・文/加藤 純、写真/川野結李歌)
建築倉庫
住所:東京都品川区東品川2-6-10 寺田倉庫本社ビル1F
電話:03-5769-2133
開館時間:11:00~21:00(入館は閉館時間の1時間前まで)
休館日:月曜日(祝日の場合は開館し、翌日休館)、
入館料:一般1000円、高校生以下および18歳未満500円、未就学児以下無料