世界のデザイン空間
ヴィトラハウス(スイス)
複雑な5層構造が組み合わさる
多面空間
大きなガラス開口部から漏れる光が
スクリーンのような空間を演出する
スイス、バーゼルからほど近いヴァイル・アム・ラインは、隣国ドイツの小さな町。ここは建築好きにとっての聖地である。スイスのファニチャー・ブランド、 ヴィトラ社の拠点の1つであり、ヴィトラ・キャンパスと呼ばれるその広大な敷地には、数々の、そして古今の著名建築家の手による作品が点在している。そこ へ2010年に加わった新入生がヴィトラハウスだ。
建築家はヘルツォーク&ド・ムーロン。ちなみに北京オリンピックの”鳥の巣スタジアム”で有名なこの建築デュオの本拠地もバーゼルにある。いくつもの家の かたちをした”ブロック”を無造作に積み上げたかのような印象のこの建築は、ヴィトラのホームコレクションを展示しているほか、ミュージアムショップやカ フェなどが入っている。
さて、このヴィトラハウス。1つひとつのユニットは、切妻屋根をもつ家の形である5角形の断面をもつ長いブロックで、それらが実際には精緻に組み合わされ て5層の建築となっている。エレベーターがすべてのフロアを通るよう、ブロックの重なり方は工夫されており、第1層には1つだけ木目むき出しの外壁で、断 面が7角形のブロックがあったりと、各ユニットもすべてが同じプロポーションというわけではない。完璧を嫌っての”逆柱”のエピソードが頭を過る。
天然素材を中心にしてデザインした
シンプルで広がりのある内部空間
設計者自身の言葉によれば、この建築のテーマは二つのコンセプト──家の原型を使う、塊を積み重ねる──を結びつけること。それらはヘルツォーク&ド・ ムーロンの作品に繰り返し用いられてきたものだ。しかし”家”で使われる家具を扱うブランドの、そのショールームのコンセプトとしては、これ以上ふさわし いものはないだろう。
ちなみに、このヴィトラハウスで展示されているホームコレクションとは、あるテイストで統一されたシリーズのことではなく、同社の製品をパーソナルな視点 から、現実の家庭で使われているかのようにコラージュしてみせる展示のこと。そこから使い方のインスピレーションを得てもらえればという意図のもと、館内 各所を部屋に見立ててディスプレイされている。
建築は人が住まう家を原型としている。それゆえこのモチーフを使った作品は多い。しかしヴィトラハウスほどこのありふれたモチーフを、コンテンポラリーな 建築へと昇華させた例はないのではないか。それはあたりが薄暗くなった頃、切妻屋根の断面が夕暮れのなかに浮かび上がるさまを見れば一目瞭然だ。小さな集 落の家々に明かりが灯ったような光景からは、現代建築が陥りがちな冷たさとは対極にある温もりさえ感じられる。
(文・入江眞介)