The Food Crafter

2018.03.28

背中を押してくれたのは

鯖を食べてくれた人たち

 

そんな時、1本の電話がかかってきたという。それは小さな定食屋のおばちゃんからで、越田商店の鯖の干物を扱っていた近所の魚屋が閉店して困っている。スーパーで買ってみたが、お客さんたちがあの鯖でなければ納得しないという。送料がかかってもいいから送ってくれないだろうか。

 

その言葉を聞いた英之さんは、すぐに鯖の干物を担いで自ら食堂へ出向いた。そこで見たものは、鯖の干物を待ち焦がれていた食堂の常連さんたちだった。

 

「この店は焼き鯖定食が美味しんだよ! 」

 

そういって、常連の一人はうれしそうに越田さんに自慢した。食堂の店主が、その鯖を作っている人だと紹介するとみんなが応援してくれたという。

 

「こんな旨い鯖は他にはない。頑張れ! 」

 

くじけそうになっていた越田さんの背中を押す言葉だった。

 

「うちの鯖の美味しさを分かってくれる人が一人でもいるうちはやめられないと思った」

 

 

モノづくりにかける気持ちを丁寧に語る英之さん。

 

 

ある時は「この鯖がなくなったらもったいない」と、知り合いが売り先を紹介してくれたこともあった。またある時はマルシェに出店してみないかと声がかかった。そうやって、越田商店の鯖の美味しさは少しずつ口コミで広まっていったという。

 

 

身が厚く適度な大きさ。サイズが揃っているので並ぶと美しい。

 

 

越田商店のさばの干物がおいしいのは、伝統的な作り方や無添加ということだけではない。鯖の干物を作り始めた英之さんの父親の代から、47年間継ぎ足されてききたつけ汁にこそ美味しさの秘訣がある。

 

「継ぎ足すのはほとんどが塩のみ。後は鯖から出たエキスが蓄積しているんだよ」

 

この熟成したつけ汁にいる酵母菌や乳酸菌が、鯖のたんぱく質を分解して旨味に変える発酵の美味しさなのだ。

 

「つけ汁の酵素が鯖の脂を分解して独特の臭みを消してくれるんだ」

 

英之さんははっきりとはわからないがと付け加えたが、自分はそう思うと教えてくれた。

 

 

海の中を泳いでいたままのような美しい姿の鯖。左はサステナブル・シーフードの国際的な認定マークがついた箱。

 

 

越田商店が使う鯖はノルウェー産だ。それにはいくつかの理由があった。まずは英之さんが考える鯖の文化干しにちょうどいいサイズのものが日本では手に入りにくくなってしまったこと。

 

ノルウェー産の鯖は水揚げされると同時に急速冷凍されるので品質がいいこと。国産の鯖は、水揚げされてから何度も人の手を介するため、鮮度が落ちやすいという。

 

またこの鯖は、持続可能なサステナブル・シーフードでもあるのだ。持続可能な漁業のために、魚の乱獲を防ぐように制限されているため、魚がきちんと育つので品質がよく安定した供給ができる。越田商店が使っている鯖には、国際的なサステナブル・シーフードの認定マークが入っていた。

 

 

神業のようなさばきかた。ものすごいスピードで1尾がさばかれていく。

 

 

もうひとつ重要なのはさばき方だという。熟練した手作業でおろす鯖は、三枚におろすというよりは、ほとんど骨だけを切り落とすといった方が正しい。骨の周りの髄も一緒に漬け込むことで、つけ汁の味が変わると英之さんが教えてくれた。

 

「みなさんにひっぱられてやってきたおかげだね」

と英之さんは笑う。

 

 

倉庫に掲げられた言葉にも越田商店の気持ちが表れていた。

 

 

一度、英之さんは地域の同業者を集めてチームを作ろうと思い立ったことがあったという。昔は波崎にも鯖の干物を作る業者がたくさんいたが、気づいてみると波崎周辺で伝統的な干物を作る店はいつのまにか越田商店一軒だけになっていた。「時すでに遅し」と苦笑する。

 

やがてマルシェなどに出るようになると、有機野菜の農家など、多くの生産者との出会いがあり今は仲間ができたという。

 

「業種は違うが、同じ考えを持った生産者さんたちが集まってくるようになって、

横のつながりができた。うれしくて涙が出たよ」

 

自分の信念を貫くために多くの犠牲を払い、受け入れてもらえないという逆境に立ち向かってきた越田商店に仲間ができたのだ。

 

『もの凄い鯖』を扱う堀田さんも、そういう流れの中で出会った一人。堀田さんはもともと銚子出身で、堀田さんが尊敬する地元の人が越田さんとの縁をつないでくれたのが始まりという。

 

 

越田親子と右が堀田さん、左はル・ジャングレの有沢さん。
ここにも一つのチームができている。

 

 

事務所のホワイトボードには今年の売り上げ目標の数字が掲げられていた。息子の竜平さんが、まずはここに目指す数字を書き込むと言う。

 

「竜平が勝手に書くんだけどさ、そうすると不思議と達成できるんだよね。去年もそうだったよ。やりたいじゃなくて、“やる”! がいいんだよ」

 

越田さんが大きな声ではきはきと話す。4代目の跡継ぎにも恵まれ、親子の二人三脚はこれからますますパワーアップしていくのだろう。越田商店のこれからの活躍がますます楽しみだ。

 

 

 

越田商店

こしだしょうてん

 

TEL:0479-44-0473

営業時間:天候による

定休日:不定休

Web:越田商店 Facebook

 

  (取材&文・岡本ジュン 撮影・末松正義)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/