The Food Crafter

2018.02.28

料理人と作り手を
双方向につなぐ人

「もの凄い鯖」。この心惹かれるネーミングの鯖に注目が集まっています。今回は、そんなこの鯖を密かに料理人に広めている人物をご紹介。続いて、次号では『もの凄い鯖』の工房を訪ねて、その美味しさに迫ります。

 

鯖の干物がフレンチで

使われる時代がやってきた!

 

ここのところ料理人から熱い視線を集めている『鯖』がある。その名も『もの凄い鯖』。

そう、世界各地で食べられ、日本人にも塩焼きや味噌煮でお馴染みのあの庶民的な魚である。

それがなぜこんなに料理人の注目を集めることになったのだろう。

しかも、それは干物だという。

 

使っているのがフレンチの人気店と聞けば、いったいどんな鯖なのかとますます興味は募るばかり。クリエイティブな料理で知られる代々木上原の「グリ」、日本橋のフレンチ「ラ・ボンヌ・ターブル」、日本酒とナチュールワインの店「ル ジャングレ」などなど。この鯖を出している店はどこも鯖の干物といわれてイメージがすぐに湧かない。

そこがまた面白い。

 

もの凄い鯖を使ったグリのフォトジェニックなスペシャリテ
(※写真提供グリ)

 

「いわゆる鯖臭さみたいなものは全くないんです。

脂はのっていますが、その脂がすごくきれいで、

初めて食べた時に、この鯖で料理を作ってみたいとすぐに思いました。

そこから生まれたメニューが今やうちのスペシャリテになった」

というのは「グリ」の鳥羽周作シェフ。

 

干物とはいえ、『もの凄い鯖』はカピカピではなく半生のようなレアな食感。脂がのっているので火を入れるとジュワッとジューシーで身はふっくらとする。

 

「ルジャングレ」では焼いただけというシンプルな調理法でストレートにこの鯖を出す。合わせているのは日本酒ではなくあえてワイン。複雑で繊細なナチュールワインと発酵の旨味を持つ鯖の干物が溶け合うようなマリアージュを見せる。

 

食材の作り手の思いを

料理人に届ける仕事

 

この鯖の“仕掛け人”、というとなんとなくあざとく聞こえるが、鯖とシェフを繋ぐ架け橋となっているのが今回お話を聞くことになった堀田幸作さんだ。

2003年から作り手を巡る旅を続けて、その中で出会った食材を料理人へ届けている。

 

『もの凄い鯖』を始めとして、堀田さんが手掛ける作り手は、広い視野を持ってモノづくりを行う人たちばかりだ。堀田さんは彼らを“大欲(自分の欲だけを満たす小さな欲ではなく、自分以外の他者などのことも考えた大きな欲で物事を考える)心がある人”と言い表す。縁あって堀田さんの元へ来た食材は、作り手の思いを届けられると見込んだ料理人に託されることになる。

 

トレードマークの鯖パーカーが似合う堀田さん。
ほっこりした人柄も作り手やシェフに愛される理由。

 

大学では建築を学んだという堀田さん。食の世界へと入るきっかはなんだったのだろうか?

 

「大学院で都市論をやったときに、社会の現状を見ていたら、

都会よりまず田舎をなんとかするべきじゃないかと思ったんです」

 

そこで過疎の村に農業研修施設を作るというプロジェクトを研究課題にした。実際の村をモデルとして、廃校になった小学校を農業研修施設として活用するというものだ。

 

農業に参入したい人たちが研修する場だが、宿泊施設として都会から来た人が農業体験もできる。また、シェフが来てレシピを開発し、その過程で農家との間で「こんな野菜が欲しい」というコミュニケーションが生まれていくかもしれない。その発展性は無限に考えられる。

 

これは研究としての架空プロジェクトであったが、その頃から農家でアルバイトをするなど、徐々に建築よりも食の世界に魅力を感じ始めたという。ちょうど日本にスローフードという言葉が入ってきた15、6年ほど前のことだ。

 

「最初はただ農家さんを巡っていましたが、それがすごく楽しくなっちゃって」(笑)

 

結局、設計を三年ほどやって飲食の仕事へ。店で扱う食材を知るために、休みはせっせと作り手を訪ねることに費やした。

 

堀田さんの尽きない好奇心に刺激されるせいか、行く先で次々と人を紹介された。そのままどんどん突き進み、魅力的な作り手のところへ足を運んでいるうちに今の仕事につながる人との関係性ができていったという。

 

キーワードは

サステナブル・シーフード

 

職人の伝統的な手仕事が生んだ『もの凄い鯖』には、実はもうひとつ『サステナブル・シーフード』という隠されたキーワードがある。これは限られた海洋資源を有効に活用する手段のひとつであり、海洋資源を獲り過ぎないこと、自然を損うような手段で獲られていないことなど、様々な試みが設けられている。

 

スタートは1997年にロンドンで発足したMSCと言われているが、今や多くの国が認証制度に取り組んでいる。欧米ではすでに浸透しつつあるが日本ではまだなじみが薄い。

実は『もの凄い鯖』に使われているノルウェイ産の鯖も、持続可能な「サステナブル・シーフード」だ。そして、今まさに堀田さんが取り組んでいこうというのがこの「サステナブル・シーフード」だという。

 

「最近ではその言葉を知って、日本でも動き始めている人たちも増えてきています。」

 

堀田さんと鳥羽シェフは大の仲良し。
毎日でも食材から料理まで、話は尽きないという。

 

その第一歩として、魚の旬を再定義するプロジェクトを立ち上げようとしている。

言葉にすると少し難しく聞こえるが、根幹には自然に美味しいものを食べていこうという発想がある。

例えば、真鱈の旬は冬だと思っている人が多いが、実は身が旨いのは違うと聞いてびっくり。

 

「ご年配の魚屋さんに真鱈の旬を聞くと、

身が旨いのは夏だよって言うんですよ」

 

真鱈は白子を食べるので、産卵期である真冬に出回ることが多い。

そこで冬の魚のようなイメージがついていったという。

 

「一概に魚卵や白子がダメだとは思いません。

実際にしっかりと資源管理されている魚種に関しては

サステナブル・シーフードとして認定されている魚卵もあります。

しかし、産卵期にたくさん漁獲することで資源が激減している魚種もあります。

太平洋クロマグロがまさにその例ですね。

太平洋マグロの場合は魚卵や白子を食べるというより、

産卵期に大量に巻き網で獲られることが原因なので、真鱈と同じとは言えませんけれど。

このプロジェクトを通して魚の資源について“考える”人が増えたらいいなと思っています」

 

越田商店が作る『もの凄い鯖』。料理人が思わずうなる美味しさだ。

 

長い食文化の中で、漁獲量の旬と美味しさの旬が混同されているそうだ。それをひとつひとつひも解いていこうというのである。ちょっとした発想の転換がサステナブルにつながっていくのかもしれない。

 

「間違うこともあるかもしれないし、これが全てを解決するとは思っていませんが、

少しでも多くの人がサステナブル・シーフードについて

意識するきっかけになったらいいなと思っています。

正しいからやるというのは一定以上は広がらないと思うんです。

そのほうが美味しいよっていえば伝わりやすいですよね。

みんなが旬の美味しい魚を食べていたら、

気づかないうちにサステナブルになっていったっていうストーリーは

めちゃくちゃ美しいでしょ」とチャーミングに笑う。

 

『もの凄い鯖』をレストランで食べてすごく美味しかった時、人は「どんな鯖なんですか」と思わず聞きたくなるだろう。

 

「そこで初めて実はサステナブルな鯖を使っているんですって話をすると、

“なるほど、いろんな意味で凄い鯖なんですね”って

笑ってもらえることが多いんです」

 

食べる楽しさには、知的好奇心を満たす喜びも含まれているのだ。

 

さて、気になる『もの凄い鯖』だが、それについては次回のお楽しみ。

越田商店の工房を訪ねて詳しくお話を聞いてみることになる。

 

 

もの凄い鯖
monosugoi shop
https://monosugoi.stores.jp/

  (取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/