The Food Crafter

2018.05.30

金曜日はクスクスデー
食から笑顔を発信するふたり

食を通じて何かを創り出すフードクラフター。今回は、北アフリカの料理「クスクス」を通して、ピースフルな気持ちを広げていこうというイベントを手がけるふたりの料理人を紹介する。

 

 

共通項のアフリカで繋がった

ふたりがイベントで発信する

 

「金曜日はクスクスの日」。

この言葉は、渋谷で「ロス・バルバドス」という店をやっている上川真弓さんによるSNSの投稿で初めて知った。イスラム教の安息日に当たる金曜日に、北アフリカやマグレブ出身者が多く住むヨーロッパの街では家族が集まってクスクスを食べる習慣があるという。

 

ちなみにクスクスとは小麦粉で作った粒状のパスタで、世界最小のパスタと言われている。クスクスにスープをかけて食べる料理も「クスクス」と呼ばれ、北アフリカをはじめ、フランスやイタリア、イギリスでも移民が持ち込んだことでポピュラーになった。

 

左が口尾さん、右が上川さん。イベントでは息もぴったり。

 

今回のフードクラフターは、その上川真弓さんと料理家の口尾麻美さんだ。このふたりはそれぞれ別の仕事をしているが、時々一緒に『クスクス・スマイル・プロジェクト』というイベントを開催するのだ。さて、このプロジェクトを説明する前に、まずはふたりのプロフィールからご紹介しよう。

 

上川真弓さんはご主人の上川大助さんと、渋谷にある人気店「ロス・バルバドス」をやっている。こちらはコンゴ音楽(リンガラ)とアフリカ料理のバーで、キャラクターのたった店主の上川夫妻に負けず劣らず、お馴染みのお客さんもなかなかに濃いのだが、そんなところが魅力の小さなバーである。

 

口尾麻美さんは料理家。旅することが大好きで、世界各地で出会った料理から家庭でも手軽に作れるレシピを考案している。料理教室を開催したり、雑誌にレシピを紹介したり、著書も多数出版されている。

 

上川さんが作ったアルジェリアのスイーツ、バスブーサと
おつまみのヴェジタリアン・キッペ。

 

2人の出会いは、数年前に口尾さんがロス・バルバドスにお客さんとして来たことからだとか。そこから少しずつ仲良くなっていったという。

 

 

ふたりが手がけている

『クスクス・スマイル・プロジェクト』とは?

 

「クスクスは最近ではメジャーになりましたが、

うちのお客様でも、クスクスを始めて食べましたって方が

意外といらっしゃるんですよね。

それでもっとクスクスを知って欲しいなと思ったんです」とは上川さん。

 

硬質小麦を粒上にしたパスタ「クスクス」。乾燥したものを蒸したり、
茹でたりして使う

 

 

「クスクスを広めたいと思って、もともと私一人でイベントをやっていたんです。

でも一人ではなかなか広がらないなあと思っていたところに、

真弓さんもイベントをやりたいということが分かって、

一緒にやろうということになったんです」というのは口尾さん

 

アフリカ好きのふたりが意気投合して、『クスクス・スマイル・プロジェクト』が始まったのは3年前。あるショップのコミュニティースペースでイベントをやったのが始まりだ。この時は大きなテーブルで、知らない人同士がクスクスを分け合って食べるという和やかなイベントだった。それから不定期ながらも3年間続けているという。

 

ハリッサ・バルで販売したハリッサ。左が口尾さんのハリッサ。
真ん中が上川さんのハリッサ、右はアフリカの辛い調味料ピリピリ。

 

 

今回、取材にお邪魔したのは、ハリッサ・バルという別のイベントだ。とはいえこちらも『クスクス・スマイル・プロジェクト』から派生したものなのだ。

 

上川さんと口尾さんは、他数人との共著で2017年に「辛くておいしい調味料 ハリッサレシピ」(誠文堂新光社)という本を出版した。その前後からふたりは、ハリッサのワークショップなどのイベントも開催するようになっている。

 

 

上川さんと口尾さんのハリッサレシピを紹介した書籍。
「辛くておいしい調味料 ハリッサレシピ」(誠文堂新光社)

 

 

ハリッサは、北アフリカ・チュニジアが発祥と言われる唐辛子を使ったペースト状の辛い調味料で、クスクスに添えられるのが定番。北アフリカをはじめ、フランスやイギリス、日本でも人気が出てきている。

 

この日は、ハリッサをつけて食べる料理や上川さんが作ったアラブ菓子とアルジェリアのスープ、そして口尾さんのクスクスやバルらしいおつまみが登場し、ミントティーやワインなども出て大盛況だった。

 

 

ハリッサ・バルで登場した、口尾さんのスパイシーなタパス。

 

 

クスクスを食べてもらうことで

伝えていきたいこと

 

さてクスクスに戻ると、そもそもふたりはなぜクスクスだったのか?

 

「クスクスは携帯食ですから、いろんな世界に広がって行ったのだと思います。

北アフリカでは、金曜日に家族でクスクスを食べますが、

その時にクスクスを食べられないような貧しい人も招いて、

一緒に分け合って食べる習慣があるんですよ」と口尾さん。

 

ふたりは、イラムの教えである「貧しいものには施しを」という分かち合う精神がこの料理には宿っているという。クスクスを知ってもらい、食べてもらうことで、その精神を伝えられたらいいというのもこのプロジェクトを始めたきかっけのひとつだ。

 

「クスクスにもいろんなバリエーションがあるんですよ」という口尾さん

 

 

「クスクスが持つ、シェアするという感覚がいいなと思っているんです。

パリだと金曜日にクスクスを無料で出すレストランも多いのですよ。

うちではそこまではできないけれど、

金曜日にはランチにもクスクスを出すようにしています」と上川さん。

 

日本を含めた世界で起こっている理不尽な事柄に、自分たちにはなす術はあるのか? そんな心の中のモヤモヤした思いに対して、ヒントをくれたのがクスクスとの出会いだったという。

 

「クスクスの歴史もとっても興味深いんです」という上川さん。

 

 

この活動の面白いところは、全く違う仕事を持つふたりが、クスクス(アフリカ)という共通点で繋がって、新しい取り組みが生まれたことにある。

 

やがてハリッサレシピが生まれて、タイミングよく本になって、今度はハリッサ・バルのイベントをやっている。今後まだまだ『クスクス・スマイル・プロジェクト』も続く予定だが、そこからいろんな方向に広がっていくことができそうだ。

 

「次こそアフリカ料理が注目されるんじゃないかな。

そう思って20年やっているんですけどね」と笑うのは上川さん。

 

左がクスクス、右はアルジェリアのスープ、ショルバ。

 

身近で入りやすいクスクスという食べ物をきっかけに、アフリカの料理や文化を知り、他者を思いやる世界観を知り、世界が平和でありますように、という気持ちが広がっていくこと。

言葉で伝えるよりも、美味しいものに託された気持ちはずっと広く、深く人の心に広がっていくのかもしれない。

 

 

【Profile】

口尾麻美

料理研究家・フォトエッセイスト 著書に『street food ISTANBUL トルコで出会った路地裏レシピ』『旅するリトアニア』グラフィック社、『トルコのパンと粉ものとスープ』誠文堂新光社 他。新著「はじめまして 電鍋レシピ」グラフィック社 絶賛発売中!

http://je-suis-amazigh.blogspot.jp/

 

上川真弓

熱帯音楽酒場「ロス・バルバドス」女将。女将の担当はデザートと接客。ビーガンレシピのスイーツが得意。リンガラ(コンゴ音楽)が流れるロス・バルバドスはアラブ・アフリカ料理とワインやラムなどが味わえる。http://www7b.biglobe.ne.jp/~los-barbados/

 

(取材&文・岡本ジュン 撮影・末松正義)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/