The Food Crafter
食べられるアート
シュガークラフトの世界

シュガーペーストを使ってケーキなどをデコレーションするシュガークラフト。その華やかな工芸は日本でも注目され、広く知られつつある。そんなシュガークラフトを本場イギリスで学んだ大塚恵実子さんにその魅力をうかがった。
華麗で繊細な技が光る
イギリスの伝統工芸
「これね、食べられるんですよ」
そういって大塚恵実子さんがにっこり笑いながら見せてくれたのは、白い花のコサージュのようなパーツ。薄く繊細な花びらはシュガークラフトのイメージとはかけ離れていて、食べられると聞いてもピンとこない。驚いていると、
「オブラートってあるでしょう。
ちょうどあれと同じようにシートになっているんです」
ますますびっくり! 初めて知るシュガークラフトの世界は知らないことばかりだ。

食べられるシートで作ったという繊細な花が美しいケーキ
シュガークラフトはイギリスなどで古くから行われてきた伝統工芸。その歴史は12世紀にもさかのぼると言われ、かつては貴族たちが、高価な砂糖を使って職人に彫刻や飾り物を作らせていたという。
日本ではまだ馴染みが少ないが、パッと思い浮かぶのはウエディングケーキやアイシングクッキーだろうか。あの三段重ねのウエディングケーキのルーツもイギリスにあり、ビクトリア女王の時代に作られたのが始まりだそう。シュガークラフトを施したケーキは、イギリスでは結婚式だけでなく、お祝いや記念日に欠かせないアイテムとされている。

そのシーズンのテーマで彩られるアイシングクッキー。ウエブサイトで販売している。
「イギリスではシュガークラフトと言いますが、
アメリカでも盛んで、あちらではデコレーションと呼ばれています。
伝統的にイギリスではお酒やドライフルーツを入れたフルーツケーキを使うのが基本です。
でもアメリカではバターケーキを使うことが多いんですよ」
大塚恵実子さんは、本場イギリスにあるブルックランズカレッジでシュガークラフトを学んだ。シュガークラフト・ケーキデコレーションのインストラクターを指導するトレーナーを経て、2018年にアトリエ「Sugar Chef Emiko」をオープンする。アトリエではお菓子教室やワークショップを開催するほか、オリジナルのケーキのオーダーも受けている。
“好き”という気持ちを持ち続け
それをプラスにするパワー
子供の頃から手芸のような細かい作業が好きだったと言う大塚さん。子供の頃には算盤と華道を習っていたという。
「実はそろばんの先生がお花の先生も兼ねていたんです。それなら両方いっぺんに習ってしまおうかなと。ちょっと面白いでしょう」
華道を習っていたことで、季節の花が好きになったという。それは今の仕事にもとても役立っている。大学卒業後は保母さんとして働いていた大塚さんだが、転機が訪れたのは就職してしばらく経った頃だった。
あるときシュガークラフトの存在を知り、「こんなものを作ってみたい」という憧れを持つようになった。もちろんその時はまったく趣味のつもりだったそうで、まさか自分が仕事にするとは夢にも思っていなかった。

刺繍などの手芸も大好きという大塚さん。
とはいえ当時は今のようにシュガークラフトの教室が気軽にある時代ではない。どこで習えばいいのかわからないままに2年くらいが過ぎてしまったという。それでもあきらめ切れず、どこかで習いたいという夢を持ち続けていたところ、新聞の小さな広告でシュガークラフト教室があることを知った。これだ! というわけですぐに入学を申し込む。
そこからどんどんとシュガークラフトの世界へとのめり込んでいった。
10年間その教室で学ぶかたわら、製菓の勉強を始めたり、本場イギリスの学校へ短期で留学したり、と知識を深めていった。
本場イギリスではシュガークラフトの深い世界にとても驚いたという。日本ではまだまだマイナーだったため、道具や情報も少なかったが、イギリスでは伝統工芸としてとても人気がある。材料や道具なども日本とは比べ物にならない位たくさん揃っていた。もちろん生活の中でも、シュガークラフトのケーキは欠かせない存在だった。
「スーパーマーケットでシュガークラフトのケーキを
売っているのを見かけてとても感動しました」

細い口金を使って細かい模様をデコレーションする。
さて、ここで少しシュガークラフトの作り方について教えてもらおう。大塚さんによれば、まずはケーキのテーマとなるイメージを作るのが大切という。コンペティションなどに出展する場合はテーマが決まっていることも多いが、お客様からの注文では、贈る相手に合わせたテーマやデザインを考えるところからスタートするのだ。切り分けてもデザインが崩れにくいことや、食べやすさなども重要になる。
今回見せてくれたケーキは、桜を連想させるような淡いピンクと白のとても繊細なデザイン。これは神戸で行われたSugar Art展に出展した作品でテーマは『春』だ。
最初に土台となるケーキを焼くところから始まり、次に飾りの花など、細かいパーツを作っていく。それが終わるとケーキをアイシングでカバーして土台を作り、その上から細い口金を駆使して、サイドのデコレーションなど、細かいデザインを描くのである。

細かい細工を行うための道具や型なども使ってケーキを作る
口金の大きさひとつとっても数十種類もあり、とても繊細で細かい作業の連続だ。すべての工程を終えるのに4~5日はかかるというから、一つ作り上げるだけでもかなり根気のいる作業が続く。
シュガークラフトはその華やかさもあって、日本では食べられないものという印象が強い。ウエディングケーキをイメージすると分かりやすいかもしれない。
「本場イギリスやアメリカでは、一般的には全て食べられるように作られています。
私もすべて食べられるシュガークラフトを作っていきたいと思っています」
シュガークラフトが浸透してきた最近では、日本でも食べられるように作る傾向にあるが、そのためには素材選びも大切。シュガーペーストの他に、大塚さんは白いんげん豆を炊き上げた白あんをベースにしたオリジナルのビーンズクリームも使って美味しさも表現していきたいという。
「お砂糖のペーストを使って、
自由自在に様々な形を作ることができるのが、
シュガークラフトの一番の魅力です。
その中でも自分らしいものを表現していきたい」。
大好きなシュガークラフトだが、大塚さんはさらに高みを目指している。糖質を抑えたシュガークラフトで、糖質を控えなければならない人にもこの楽しさを分けられないだろうかと考えている。最近はそのためのアイデアをいろいろと練っているところだ。
日本でも徐々に認知度が高まっているシュガークラフトに新しい価値観を見出そうというのである。
食べるためのケーキというイメージを覆すサプライズなビジュアルが人を楽しませ、さらに食べて美味しいシュガーデコレーションケーキ。プレゼントやお祝い気分を盛り上げたいときにはぴったりのケーキだ。
これからは日本でも記念日に気軽にシュガーデコレーションケーキを用意してお祝い気分を盛り上げることが広まってくのかもしれない。
(取材&文・岡本ジュン 撮影・名取和久)
Sugar Chef Emiko Cake & Sugar Art
シュガー シェフ エミコ ケーキ & シュガーアート
PROFILE 岡本ジュン
“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/