The Food Crafter

2017.11.29

京都のギャラリーで
健やかな日本茶と出会う

いつも何気なく飲んでいる日本茶は農産物のひとつ。野菜やコーヒー豆と同じように、品種や産地、栽培方法といった作り手の考え方が現れている。その想いを伝えようと、京都のギャラリーで日本茶のティールームを開いた奥村文絵さんにお話をうかがった。

 

愛用の日本茶を携えて

ギャラリーにティールームを開く

 

秋の晴れた日、京都にフードディレクターの奥村文絵さんを訪ねた。

場所は京都御苑と鴨川に挟まれた御所東にある「日日(にちにち)」。ここは奥村さんが、ご主人のドイツ人、エルマー・ヴァインマイヤーさんと手がけるギャラリーだ。

寺町通(どおり)と河原町通の間、待ち合わせた京都在住のカメラマンが「迷った」というくらい地元でも知る人ぞ知る、新烏丸通(しんからすまどおり)沿いに佇む。

 

「京都で物件を探していましたがなかなかぴったりの所がなくて、そんな時にこの家と出会ったんです」と奥村さん。

 

築90年という堂々たる古民家は、日本画家の西村五雲氏が建てたもの。木塀に囲まれ、門をくぐれば老齢の赤松が迎える。ギャラリーの紹介にも『見越しの松をみつけたら、どうぞお入りください』と書いてある。

 

京都と東京の2ヶ所で『日日』を営んでいたが、拠点を京都に定め、この家に出会ってギャラリーを再開したのが2015年。ギャラリーに併設したティールーム『冬夏』は、奥村さんとエルマーさんが惚れ込んだという日本茶を提供する。

 

 

 

 

「京都でギャラリーを再開する時は、絶対にティールームをつくりたいと思っていたんです」

 

冬夏で扱う日本茶は現在10種以上、滋賀県信楽の朝宮という地域で作られている。昭和50年から無農薬栽培を手がける片木明さんとともに、冬夏のために製茶、商品化したもの。収穫年、品種、製茶、栽培の方法などに注目し、「ヴィンテージ」や「無施肥」、「萎凋(いちょう・茶葉の酵素の働きによって微発酵させること)」などのユニークな日本茶が特徴だ。

 

滋賀の朝宮茶は、歴代の天皇にも献上されてきたお茶として味の良さで知られ、業界の取引価格はグラム当たり最高級。その歴史はおよそ1200年といわれ、最澄が中国からお茶を持ち帰った初期の産地のひとつだ。この地域は標高が高く、朝晩の霧が深くていいお茶の樹が育つ。

 

「片木さんのお茶はエルマーが20年以上も飲んできたお茶なんですよ。私たちはことあるごとに彼の茶園に通って、いろんなお話を聞いてきました。ドイツでは食に対する安全性やオーガニックの考え方が根付いているので、エルマーと彼の友人たちは、日本ではオーガニックの日本茶がなかなか手に入らないという話をよくしているんです」

 

お茶の葉は旨みが強く虫が付きやすいために無農薬栽培が難しいと言われてきた。そのせいか、オーガニックの日本茶は数が少ない。ここ最近やっと普通に目にすることができるようになったといえる。

 

無農薬栽培の日本茶のパイオニアといえる片木さんだが、無農薬に切り替えた最初の3年間は収入も激減し厳しい状況に置かれたという。しかし、三年目に他の生産者の畑が病気に見舞われた時、この無農薬の畑だけが生き残った。無農薬に切り替えることで、病気に対する耐性が生まれていたという。

 

 

 

 

虫がつきやすいお茶の木をどうやって無農薬で育てるのか。実は無農薬を続けることで、土と茶の木の健康が養われ、多くの虫が生息する環境とともに、害虫の天敵が増えて生態系のバランスがとれるようになるのだ。

 

現在では、かたぎ古香園の片木さんを慕う若い農家たちが有機栽培の手法を教わり、同じ朝宮だけでなく他の地域にも広がっている。奥村さんも普段はなかなか行けないというが、せめて収穫時期だけは、と茶園を訪れる。

 

「今では希少になった手摘みをお手伝いして、しごくように引っこ抜きなさいと教わった時は、目から鱗が落ちました。自然に細胞が折れることで、渋みが出ず、健やかな透明感のある味になるんですね。昔の人たちが当たり前のようにやってきたことは本当に奥が深い」

 

 

人と人の関係を変えることができる

食べ物の面白さを仕事に

 

大学時代は演劇をやっていた奥村さん。食の世界に入ったきっかけは、舞台のリハーサルの時に、スタッフやキャストに食べてもらうお弁当を作っていったことにある。

 

「もともと料理が好きで、演劇をやりながら料理学校にも通っていたんです。そこでリハーサルには、私がみんなのお弁当を作っていくのが恒例みたいなものでした」

 

本番間近ということもあって、スタッフの間にはピリピリとした緊張感が漂っている。そういう人間関係に、手作りのおにぎりがひとつあるだけでちょっとした変化が起こることに奥村さんは気が付いた。

 

「何かが破れるというか、お互いの関係性が近くなって、本番での一体感がいつもより強くなって。これは面白いなと思いました」

 

 

フードディレクターとして企業に携わってきたが、今は生産者により近いところにシフトしたいと話す。

 

 

食べ物には人の関係性を変える力がある。そんな発見から奥村さんは食の道を目指すことに。もともとモノ作りが好きだったこともあって仕事にまい進するが、企画が決まってから発注される仕事ではいつしか物足りなくなり、やがてもっと源流から関わりたいと思うようになる。

 

「頼まれてもいないのに企画書を持っていったり、自分からどんどん提案していったんです。いつの間にか発注を受ける立場から、企業の方に“こういうことをしたいけど、どうしたらいいかな?”という相談を受ける立場になっていました」

 

その後、エルマーさんとの結婚を機に、今度は自分が心から食べたいと思うもの、それらをつくる生産者の存在を深く広く伝えていきたいと思うようになったという。

 

「ビフォーエルマー、アフターエルマーと言うと笑っちゃうんですが。まさか京都に住み、英語でお茶の説明をするとは想像もしていなかった。最初に道が決まっていたわけではなく、いつも人との出会いが私の人生を導いてくれるんです」

 

 

 

 

品種、栽培方法、収穫年で変わる

日本茶をワインのようにとらえてみたい

 

「井戸水を汲んで淹れているんですよ」

 

お茶を淹れている間に、奥村さんが説明してくれる。お茶に先駆けてまずは近くの神社から汲んできた井戸水が出された。口に含むと、何とも柔らかく清らかな味わい。数種類あるお茶の中から、この日淹れてもらったのは2013年に収穫した無施肥のやぶきたという品種だ。

 

品種、有機などの栽培方法、収穫年、収穫後に酸化をさせる、させない、さらには生産者や畑、斜面の向きなどあらゆる要素が茶の味に影響を及ぼして個性となる。まるでワインのようですねというと

 

「そうなんです!」と力強くうなずいた。

 

『やぶきた』というのは現在の日本で最も大きなシェアを持つ品種で、いわゆる改良品種。なかには、やぶきたに押されて消えつつある品種もある。『あさつゆ』もその一例だ。

 

「あさつゆは昭和50年代がピークで、今はほとんど栽培されていないんです。収量が低くて育てにくいのですが、高貴な旨みに富んでいます。今は日本の作物全体が旨みの強い方向に品種改良される傾向にありますが、昔の品種や在来種は旨みだけが突出した味ではなく、自然が醸すバランスのせいか毎日飲んでも全く飽きません。毎朝『おいしいなぁ』って感心します」

 

また無農薬栽培でも、有機系の肥料を与えるか無施肥かという違いがある。片木さんも肥料として油粕を与えるが、それでかなり味が違ってくるという。

 

「お茶の木は養分をすごく取り込むので、肥料を与えるとはっきりと分かる。それこそびっくりするぐらい旨味が濃くなるんですよ」

 

 

2煎目まではスタッフが淹れてくれる。
3煎目からは自分で淹れて楽しむ。

 

 

奥村さんが手がけるお茶は、あえて施肥をしないお茶もある。気になるのは味わいだが、

 

「それがまた不思議で“肥料与えてないの?”と思うぐらい自然な旨みがきちんと感じられます。茶園と茶樹が健康なのでしょうね。施肥、無施肥、どれがいいということではなくて、それぞれのお茶の個性です。まずは日本茶にもこれだけの多様性がある、その楽しさを伝えたいと思っています」

 

冬夏では流派に依らず、試行錯誤しながらお茶の淹れ方を見出した。一煎目は低い温度の少量のお湯でゆっくり淹れ、三煎目ぐらいから徐々に温度を上げていくと酸味や渋みが出て変化する。7煎から8煎はしっかり飲むという。お茶に合わせるのはハワイのカウアイ島で作られているカカオ。日本茶とカカオという組み合わせは新鮮だ。

 

「このカカオは種を植えて育てるところから、収穫しチョコレートにするまで一人で作っているんです」

 

自然な味わいの日本茶に合う優しいカカオは、フルーツのような酸味や甘みが口の中に次々と現れて、柔らかくお茶のタンニンと溶け合うようだ。奥村さんはこの日本茶とカカオがあったからティールームを開こうと思ったという。

 

「どちらの生産者も種から加工の工程まで自分で手がけ、『人は自然のお手伝い役』と口を揃えて言う。だからお茶の木もカカオの木も、ストレスがないのだと思います。健康な自然のなかで培われた味は、その濃さというか、食べ物としての集中力がすごく似ている気がします」

 

 

カカオは三種類。左からブレンド、クリオロ種、トリニタリオ種。横のお煎餅も京都で職人が炭火で手焼きしたものだ。

 

 

冬夏にやって来る海外からのお客さんたちは、口を揃えて『コーヒーはいらない、日本に来たら日本茶を飲みたい』と主張するとか。

 

自分も含めて、食べ物がどう生まれているかということに縁遠くなっているという奥村さん。日本茶を通して、食べるひとと作るひとを繋ぎ、海の向こうにも日本茶ファンを増やしたいとにっこりほほ笑んだ。

 

 

2013年に収穫した無施肥のやぶきた茶、お菓子付きで2,000円。柔らかな旨みと清々しい香りと味わい。


 

冬夏 とうか

 

住所:京都市上京区信富町 298 「日日」内

電話:075・254・7533

営業時間:10:00~18:00

定休日:火曜

予算:1,500円~

  (取材&文・岡本ジュン 撮影・三國賢一)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、旅行などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/

 

※掲載価格は税別価格です(2017年11月現在)