パリとアート

2019.03.18

「トーキョー」の名はなぜ?
パリの超巨大アート拠点 Palais de Tokyo

パリでアートを鑑賞するというと、多くの人にとってはルーブル美術館やオルセー美術館などで見られるクラシックな名画や、印象派の時代の画家たちのイメージが強いかもしれない。しかし、もちろんパリにも現代アートを見る場面はたくさんある。いやむしろ現代アートの世界でも「芸術の都」であろうと、国やパリ市、アート関係者たちが力を注ぎつづけていると言ってもいい。その象徴ともいえる存在が、エッフェル塔にもほど近い現代アートの一大拠点「Palais de Tokyo パレ・ド・トーキョー」だ。

 

 

ニューヨーク通りから見た<パレ・ド・トーキョー>。現在は建物向かって左側が現代アートセンター、右側がパリ市立近代美術館となっている。ちなみに入口は建物反対側のAvenue du Président Wilson側になる。

 

 

「パレ」は「宮殿」のことで、「トーキョー」はもちろん日本の首都「東京」のこと。ご覧の通り「宮殿」の名にふさわしい荘厳な建築様式ではあるけれど、実際にここが宮殿として使われたことは一度もない。完成したのは1937年。この年開催されたパリ万国博覧会のパビリオンとして建設され、フランス美術の歴史を紹介する展示が開催された。一方「トーキョー」の名は当時目の前のセーヌ川沿いの道が「Avenue de Tokio=東京通り」と呼ばれていたことに由来する。しかしある時を境に「東京通り」はパリから消えてなくなってしまった。

 

きっかけは第二次世界大戦。戦時中、パリはナチスドイツに占領されたが、1944年に連合国軍がフランスに上陸してパリを奪還する。すると日本はドイツの同盟国だったため、日本が翌年終戦を迎えるまで、しばしフランスの敵国になってしまった。そこで「トーキョー通り」の名を残しておいてはいけないと、なんと「ニューヨーク通り」に変えられてしまったのだ。だが幸いなことに「パレ・ド・トーキョー」の名前だけは、変更をまぬがれて今に至る。

 

このニューヨーク通り、つまりセーヌ川から見て右側にあたる東翼は、いま「パリ市立近代美術館」として20世紀アートの豊富なコレクションで知られる。そして西翼は、その名も「パレ・ド・トーキョー」として我々が生きるこの時代のアートを見ることができる殿堂になっている。

 

 

パレ・ド・トーキョーのエントランスホールはもとの構造を活かしたモダンなインテリア

 

 

西翼のパレ・ド・トーキョーは、ポンピドゥーセンターが開館する以前の国立近代美術館、あるいは国立写真センターなどとして使われたあと、2002年に現代美術のアートセンターとして開館。2012年にはさらにリノベーションされて、床面積が約22,000㎡にもおよぶ壮大な展示スペースが生まれた。インスタレーション、映像、巨大な現代彫刻、絵画や写真など、今や素材や様式、規模の制約がなくなったありとあらゆる種類の現代アートを展示できる。

 

 

パレ・ド・トーキョーリニューアルの最中に開催されたソフィ・カルの展覧会『RACHEL, MONIQUE』展示風景(2010)

 

 

東京の国立新美術館などと同様、パレ・ド・トーキョー自らは収蔵品を持たない。まずはキュレーターを中心に企画を立てると、作品が集められ、あるいはここで制作されて展覧会を構築する。アートセンターとしてはヨーロッパ最大級。スペースの縛りがなく展示や制作にチャレンジできるとあって、アートの巨大な実験場としての地位を不動のものとした。

 

 

卵の上に座り、ヒナがかえるまで会期中温めつづけるアブラハム・ポアンシュバル(2017)

 

 

およそ3ヶ月ごとに複数の展覧会が開催されるが、近年話題になった展示作家といえば、モノとしての作品を一切残さないことで知られる英国出身のアーティスト「ティノ・セーガル」。岩の中で一週間滞在したり、展覧会の会期中に1ダースの卵の上に座り、ヒナがかえるまで温め続けるパフォーマンスを展開したフランス人アーティストの「アブラハム・ポアンシュバル」。そして日本人では2014年に写真家の「杉本博司」が、そして2017年には若手現代美術家の「泉太郎」が個展をひらき、好評を博した。

 

 

泉太郎展覧会『Pan』(2017)展示風景 Exhibition view of Taro Izumi, « Pan », Palais de Tokyo (03.02 – 08.05.2017). SAM Art Projects. Courtesy of the artist and Galerie GP & N Vallois, Paris. Photo : André Morin

 

 

またつい先頃は、パレ・ド・トーキョーに併設のレストランとブックショップがリニューアルして話題になった。レストランのLes Grands Verres(レ・グランド・ヴェール)は、レバノン生まれでパリで活躍する建築家リナ・ゴットメが内装を担当。彼女は世界各地のプロジェクトのほか、2017年東京国立博物館での『フランス人間国宝展』、昨年は六本木の21_21DESIGN SIGHTで開催されたフランス人ショコラティエ、パトリック・ロジェ展の展示デザインを手がけるなど、日本にも活躍の場を広げている。

 

 

レストラン Les Grands Verres

 

 

そしてブックストアは、現代アートやデザイン、建築といった領域における書籍や写真集、ステーショナリーやグッズが所狭しと並ぶ。こちらはビジュアルブックのパリの老舗出版社Cahier d’Art と同じくケルンのWalther König がプロデュースを担当。美術書ファンならずっといたくなるようなラインナップと空間がうれしい。

 

 

ブックストア La Librarie de Paris

 

 

 

 

政府や企業、美術学校、ギャラリーなどと連携してパリの現代アートシーンを牽引してきたパレ・ド・トーキョー。世界でもトップクラスの展示企画はもちろんのこと、子供や若者、大人のアートファンなどあらゆる観客にアートの魅力を知ってもらうための工夫やイベントも数多く行われてきた。

 

こうした施策を指揮してきたのは、これまで約7年間館長を務めてきたキュレーターのジャン・ド・ロワジー氏だったが、この1月から彼はパリ国立美術学校の学長に転任となって美術界のニュースになった。館長職はまだ空席のままだが、これから新しいパレ・ド・トーキョーはどこへ向かっていくのか、今後の動きが楽しみだ。

 

 

ドゥビリ橋からエッフェル塔を望む

 

パレ・ド・トーキョーの目の前はセーヌ川。すぐそばにかかるドゥビリ橋は歩行者専用橋で、そこからのエッフェル塔の風景は格別に美しく、映画のロケもよく行われている。アート探訪のあとは、ぜひ気持ちのいいパリ探訪もお忘れなく。

 

 

Palais de Tokyo パレ・ド・トーキョー

 

13 Avenue du Président Wilson, 75116 Paris, France

12:00〜24:00 火曜定休

(1月1日、5月1日、12月25日は休館、12月24日・31日は18:00まで)

入場料 12€

その他詳しい情報は公式ウェブサイトへ

https://www.palaisdetokyo.com/en(英語)

 

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。

関連記事一覧