パリとアート

2019.02.25

アートが生まれる場とホテルがひとつに。
ドローイングの未来を見るパリの新名所。

Thomas Broomé, SunScream, 2016, acrylique sur papier, 102 x 72 cm © Galerie Bendana-Pinel Art Contemporain, Paris

「ドローイング」「デッサン」と聞くと、多くの人には美術作品を制作するための「素描」のようなイメージがあるかもしれない。現代アートが表現やその手法においてあらゆる方向に広がっていった今、ヨーロッパやアメリカのアート界では、美術家の手わざが描くこのドローイングという表現に注目が集まり、重要なジャンルに位置づけられている。そのための専門のギャラリーやアートフェア、つまりそれに特化した市場があるくらいだ。

 

 

ドローイングそのものも進化している。馴染みのある鉛筆や木炭での描写もあれば、新しい素材や画材、幾何学的なもの、色の面を主体にしたもの、カッターで描く線さえもドローイング、というように新しい手法で描かれる「コンテンポラリードローイング」と呼ばれるジャンルが出てきた。

 

 

パリでも世界的に知られる「Drawing Now ! ドローイング・ナウ!」というアートフェアがあって、毎年3月に開催されている。このフェアの主催者を務めるクリスティーヌ・ファールが中心となり、2017年2月に「Drawing Lab. ドローイング・ラボ」というパリ初となる専門のアートセンターを創設。ホテルと一体になった新しいコンセプトで注目を浴びている。

 

 

Drawing Hotel / Drawing Lab. 外観

 

 

アートフェアは1年にわずか1回、一週間もないイベント。ニューヨーク、ロンドン、ベルリンなどにはこのジャンルの専門のアートセンターがあって、フェア以外の期間でもこのジャンルの作家を紹介する機会があるが、フランスにはそれがなかった。ファールさんは2012年頃からこの建物の運営者などと企画を進め、約5年の歳月をかけてオープンにこぎつけた。

 

場所はパレ・ロワイヤル、コメディフランセーズのすぐ隣で、ルーブル美術館からも歩いて3分ほどの、正真正銘のパリ中心部。建物の運営者はホテルの開発を検討していたが、そのデザインやコンセプトについて常識にとらわれない発想を望んでいたという。それが単にアートを飾るだけでなく「アートを生みだす場を結びつけたホテル」という斬新なアイデアの実現につながった。

 

 

Abdelkader Benchamma, installation Drawing Hotel, 2017 © Abdelkader Benchamma

 

 

Françoise Pétrovitch, installation Drawing Hotel, 2017 © Françoise Pétrovitch

 

 

2階から6階が「Drawing Hotel ドローイング・ホテル」。廊下や客室にはコンテンポラリードローイングの世界を代表する美術家たちの作品が展示され、上質なひとときをアートとともに楽しむとっておきの空間が生まれた。

 

 

Lek & Sowat, Head Space, novembre 2016, Châtelet Les Halles, Paris, scotchs et acryliques sur mur © Lek & Sowat

 

 

そして1階と地下が「Drawing Lab. ドローイング・ラボ」。1階にはコンテンポラリーデッサンの世界を知るためのブックストアとドローイングを活かしたさまざまなアイテムの紹介。傍らには「Drawing Kids ドローイング・キッズ」と呼ばれる子供たちがドローイングを学べるワークショップスペースもある。

 

 

 

 

さらに地下は、広い展示スペース。専門家やギャラリストから構成されるコミッティ(審査委員会)によって選ばれた作家は、すでにある作品を運んで展示するばかりでなく、ここで場合によっては10日間以上の長い制作期間を与えられて、これまでにない作品の制作に挑む。

 

 

Vues in situ Exposition Keita Mori © Rebecca Fanuele / Galerie Catherine Putman

 

 

まさにそこが、このアートセンターの特徴といえるだろう。販売することを意識したギャラリーの展示やすでに評価の固まった作家を所蔵する美術館とは異なり、アーティストの表現力を引き出し、コンテンポラリードローイングの新しい地平を拓こうとする実験的な試み。現代作家による生きたアートが創られる現場をパリの真ん中におき、行き交う人々にもこれまでにないアートとの出会いを提供する・・・「芸術の国」フランスにありそうでなかった場が生まれた、といってもいいかもしれない。

 

 

Debora Bolsoni, Vue de l’exposition © Rebecca Fanuele

 

 

ファールさんは語る。「ドローイングの世界には、名前も作品のスタイルもよく知られた有名なアーティストがいるけれど、それを展示することが私たちの目的ではありません。新しい才能と企画を持った作家が、この場所と対話し、自由に徹底的に行けるところまで行って、何か未知の領域のものを創りだす。そういう場であってほしいと願っています」

 

これまで多くのアートは、時代との対話や終わりなき実験の中から生まれてきた。ここで創られるものがどんな未来を見せてくれるのか。それを目撃することができるホテルに滞在することが、新しいパリの愉しみ方になりそうだ。

 

 

Drawing Lab. ドローイング・ラボ

17 rue du Richelieu 75001 Paris

火~土 11:00~19:00

入場無料
https://www.drawinglabparis.com/

 

 

Drawing Hotel ドローイング・ホテル

https://www.drawinghotel.com

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。

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