パリとアート

2018.07.20

ゴッホのあの作品もここに。
彫刻家ロダンが最後に愛した場所へ。

パリ、セーヌ川の南側にある7区。その中心には、金色のたまねぎのようなひときわ目立つ屋根をもった建物がある。1671年に太陽王ルイ14世が、傷病を受けた軍人を収容するために創設した廃兵院「アンヴァリッド」。その一部はいま軍事博物館になっていて、皇帝ナポレオンの柩(ひつぎ)が納めてあることでも有名だ。さらに旧陸軍士官学校も隣り合うなど、まるでフランス軍のシンボルのようなエリアになっている。

 

 

軍事博物館のあるアンヴァリッド(廃兵院)

 

 

そのすぐ隣で、世界から絶えまなく人々が訪れる場所がある。それがロダン美術館。最初、この建物にはルイ14世の義娘が住んでいたが、1753年にフランス衛兵隊のビロン総司令官が所有者になった。以来「ビロン館」と呼ばれるようになったこの建物は、その後、聖心修道会が女子教育の施設とするのだが、宗教と教育を分離する国の政策が決まり、建物の処分を迫られることとなる。この時に、処分が決まるまでの期間限定で、芸術家たちに安く貸し出されたのをきっかけに、歴史は大きく転換することになる。次々と集まってきたのが、たいそうな芸術家たちだったからだ。

 

パリのど真ん中で大きな庭園のついた屋敷に移ってきたのは、オーストリア出身の詩人リルケや、まだうら若きジャン・コクトー、画家のアンリ・マティス、ダンサーのニジンスキーなど。後世から考えると芸術界の巨人たちがそろう、まるで夢のアーティスト・イン・レジデンスのような雰囲気になった。

 

そして、ここをいちばん気に入ったのが、1908年からここの1階を応接室兼アトリエにしたオーギュスト・ロダンだった。すでに国からの彫像制作をいくつも手がけるなど名声を得ていたロダンは、パリの郊外にあったムードンの自宅から毎日通い、日常の大半をここで過ごすようになっていたという。

 

 

 

 

取り壊しを逃れたこの建物は1911年に国の所有となったものの、ロダンだけはここに残ることに。1916年、彼のたっての希望で、自身が創ってきた作品と収集してきた美術品などすべてを国に寄付、個人美術館となることが決まった。彼はその思いがかなって間もなく1917年に77歳で逝去。その2年後には早くもロダン美術館がオープンした。つまり来年、開館100周年を迎える。

 

 

 

 

このビロン館と、彼が自宅兼アトリエとして使っていたムードンの邸宅の2ヶ所が、現在「ロダン美術館」として公開されているが、所有する作品は、約6,800点もの彫刻、約8,000枚のドローイング、約10,000点もの写真、そして古代の彫刻などといったオブジェまで、膨大な数におよぶ。

 

 

実は、ロダンは37歳まではほぼ無名の存在だった。パリ国立美術学校の入学に3度も失敗したのは、歴史のいたずらなのか、最終的には彼を古典的な彫刻の世界に閉じ込めず、斬新な表現へと向かわせるひとつの要素となったようだ。35歳のときに決行したイタリアへの周遊旅行で、彼はとくにミケランジェロの作品に接し「ミケランジェロは私をアカデミズム(伝統的、権威主義的な表現)から解放した」と友人に書き送るほど衝撃的な出会いをする。それからは描かれる主題ではなくて、描かれる「人間性」をさらに追求した作品を造り始め、やがて彫刻界を揺るがし、後世に大きな影響を与える。彼が「近代彫刻の父」と呼ばれる理由はここにある。

 

 

オーギュスト・ロダン『アルザスの孤児』

 

 

イタリアから帰ってきて発表した彫刻『青銅時代』は、あまりの生き生きとした表現に「本物の人間で型をとった」疑惑が美術界やメディアで沸き起こる。その疑惑が晴れると、彼の力が証明された形になり、国も作品制作を依頼。有名な大作『地獄の門』が創られる。

 

 

オーギュスト・ロダン『地獄の門』

 

 

美術館の前庭におかれたこの『地獄の門』、よく見ると中央の上にこれまたよく知られた『考える人』と同じポーズをとった人物がいる。実は『考える人』はただの物思いに耽っている人ではなく、ここで地獄を見つめる登場人物を抜き出して彫像にしたものなのだ。ロダン本人とも、この作品のモチーフになった『神曲』を書いたダンテか、とも言われる。

 

 

オーギュスト・ロダン『考える人』

 

 

この美術館では、他ではなかなか見ることのできないロダンにも着目したい。たとえば、まだ彼が無名の頃に制作したまるで印象派の表現のような絵画の作品。2階の展示室で突然あらわれるゴッホの有名な絵画『タンギー爺さん』は、ロダンが収集していたもの。また彼がインスピレーションを得ていたというギリシャ・ローマ時代の数々の彫刻コレクションも、彼の制作の原点を知るうえで興味深い。

 

 

フィンセント・ファン・ゴッホ『タンギー爺さん』

 

 

手が触れられるほど近くでたくさんの作品を見ながら、こうしたロダンの人物像をリアルに、身近に感じられる、それが大きな美術館とは違うこの場所の贅沢さだろう。石なのに温もりまで感じられそうな肌。主人公のドキドキさえ伝わってくるような官能的な彫刻。今にも動き出しそうな躍動感・・・。彼にまつわる数々の逸話を思い浮かべながら、パリのオアシスのような館を存分に楽しみたい。

 

 

オーギュスト・ロダン『接吻』

 

 

Musée Rodin ロダン美術館

77 rue de Varenne, 75007 Paris, France

10:00〜17:45(入場は17:15まで)(月曜休館)

地下鉄Varenne駅(13号線)またはInvalides(8・13号線)から徒歩

 

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告業界に携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。

 

 

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