アーティストインタビュー
床や壁紙の色を明るくし、絵をかけることで
病院・クリニックにデザインを取り入れる
――近年、高いデザイン性を持つ医療機関が増えてきています。戸倉さんは、その理由はどんなところにあるとお考えですか?
2000年代後半から医療業界に「医療はサービスである」という意識が根づいてきて、医師や病院の経営者がデザインに目を向けるようになったのだと思います。医師として腕がよくても、マーケティングが苦手な方が多い。
医療機関の空間デザインのご相談を受けたときは、まず、病院なりクリニックなりのブランディングをご提案します。なにが強みなのか、どんな人をターゲットにするのかによって、診察券ひとつとっても最適なデザインはちがいます。
たとえば、最近の皮膚科や整形外科は女性の患者さんが増えています。診察室や待合室、レントゲン室も、床や壁紙の色を考えたり絵をかけたりして機能的で清潔感がありながら殺風景になりすぎないようにご提案させていただいています。そうすると、ちゃんと結果が出るんです。
――福岡県の「八女発心会 姫野病院」では、これまでの医療施設とはまったくちがうデザインアプローチをなさったそうですね。
ご高齢の慢性期の患者さんが多く、認知症の傾向がみられる方も少なくない病院です。通常、入院病棟は病院全体でデザインが統一されているのですが、あえて階ごとに特色を出しました。ある階はハワイ、ある階はフランス、ほかにもオランダ、イタリア、日本と、各階に独自のイメージを持たせました。
医療界には「にぎやかで明るいデザインは患者さんを興奮させる」という声もありますが、姫野病院では患者さんご自身がどこの階にいるのかはっきり認識できるようになり認知症の改善になっているそうです。これまで階段昇降のリハビリは、わざわざリハビリ室で行っていましたが、病院内にデザインを取り入れることで自然と院内を歩くようになり自立支援にもつながっています。
昼間、明るいデイルームで賑やかに過ごす方が増え、夜は自室でぐっすり眠る。不眠の患者さんも減って介護の負担も軽減したそうです。
光や風など、環境の変化を五感で感じられる
皮膚感覚を刺激するマンションがあってもいい
――住居においても「生き生きと暮らせる空間」は重要です。これからの時代、マンションにはどのようなことが求められるのでしょうか。
20世紀後半から建築技術が進化して、住まいはどんどん近代的になっています。一方で、住まいのなかで人間らしい五感で感じられる機会が失われているような気がします。空調が行き届いていて、断熱もしっかりしてあって、快適かもしれませんが刺激がありません。
光や風など、環境の変化を五感で感じることは認知症や精神疾患の予防にもつながります。あえて高気密・高断熱をやめて、皮膚感覚や人間的な勘を刺激する「不便な住宅」があっても面白いかもしれません。
裸足になりたいと思える床材を使い、アルミではなく木製のサッシにする。建築手法では原点回帰しながら、照明やアートでモダンな空間をつくっていく。そんなマンションが選べるようになったらいいなと思います。
(文・久保加緒里、撮影・川野結李歌)
戸倉蓉子さん(Yoko Tokura)
株式会社ドムスデザイン代表取締役
イタリア政府認定デザイナー・一級建築士
ナースとして慶應義塾大学病院に勤務中、人間は環境で生き方が変わることを悟り、インテリアの勉強を始める。インテリアコーディネート会社を設立後、1998年、ミラノに建築デザイン留学。建築家パオロ・ナーバ氏に師事。帰国後、一級建築士取得。 現在オール女性スタッフによる建築デザインオフィスの代表。「環境を通して、人を健康に幸せにする」ことをミッションに、 病院・クリニック・マンションづくりで上質な人生と輝く生き方を応援している。
株式会社 ドムスデザイン(一級建築士事務所)
住所; 東京都渋谷区神宮前3-38-11 原宿ロイヤルビル3F
電話:03-6406-2525