映画ソムリエ東 紗友美の「映画と暮らす」

2019.09.11

太宰治を愛した女たち、
3つの強さと3つの欲望。
「人間失格 太宰治と3人の女たち」

犬の散歩中の女性とすれ違った。
犬に散歩をしているのか、それとも犬に散歩されているのか。
果たしてどちらなのだろう。
本当は人間のほうが犬に遊んでもらっているのではないか、と。
そんな風に思う瞬間が時々ある。
1つの出来事も視点を変えると、全く別のストーリーが浮かび上がる。
こんな風に今置かれている現実が、別の角度から見えてくるような映画を紹介しよう。

 

 

――恥の多い生涯を送ってきました。
あまりにも有名なこのセリフは、文豪・太宰治の遺作となった『人間失格』の1文である。
そのストレートな言い草に、恥の多い人生とは自分のことを言われているのではないかとハッとする。

 

世界で最も売れている日本文学。1948年に刊行され、発行部数1200万部を突破し、累計部数一位を現在も夏目漱石の『こころ』と争う世界的名著『人間失格』。
記憶に新しい出来事としても、デスノートの小畑健が表紙を描いた文庫本が話題となり、2010年には生田斗真主演で映画化され、今を生きる人にとってもどこか身近で定期的に脚光を浴びている作品だ。

 

しかし、今回の”人間失格”は異色。
作者である太宰治と彼を愛した3人の女たちのドラマを軸にした『人間失格 太宰治と3人の女たち』(9月13日公開)は、『人間失格』の連載終了と同時に自殺した太宰の代表作がいかにして生まれたかにフィーチャーしている。
女たらしで恋の噂が常に絶えなかった太宰の人生は、小説よりもドラマティックなのではないかと言われてきた。
ゴージャス、スキャンダラス、ロマンティックでセンセーショナル。
どんな形容詞が最適か決めかねてしまうほど男と女に起こるすべてが描かれた物語となっていた。

 

 

主人公を演じたのは「ゴジラVSコング」でハリウッド進出が決定している小栗旬。
知性と、色気と、絶妙な“だめんず”ぶり。女がのめり込んでしまう要素を共存させ「近くに彼がいたら…ほっておけない」という妄想、そして母性本能を掻き立てる。

 

 

そして、そんな小栗太宰と濃厚に絡んでいく日本を代表する女優たち。
太宰の正妻であり、小説「ヴィヨンの妻」のモデルになったとされる妻・津島美和子役に宮沢りえ。
太宰の愛人であり、小説「斜陽」のモデルとなったとされる太田静子役に蜷川作品のミューズである沢尻エリカ。

共に死を遂げた、最期の女である山崎富栄役に二階堂ふみ。

これ以上にないほどのぴったりのキャスティングは、圧倒的な存在感で現代に迫ってくる。

 

 

そして、蜷川映画といえば、もはやアートの域に達したとさえ思えるほどのセットやロケーションも魅力だ。
近代建築の三大巨匠のうちの1人であり「東京帝国ホテル」建設にも携わったフランク・ロイド・ライト(1867―1959)の愛弟子である遠藤新の建築・加地邸。
ここは愛人静子が1人暮らす家として登場する。

築91年、時代を越えて存続してきた貴重な名建築でのシーンは、家やインテリアが登場人物の1人のように映し出され特に印象的だった。

それぞれの女たちが暮らす家に、その女たちの人間性が垣間見えることも興味深い。

 

 

 

さて筆者は過去に人間失格を読んだことがあり、ここ最近はオリエンタルラジオの中田敦彦さんのYouTubeでの解説も愉しんだ。

あまりにも有名な作品自体の魅力は、ここでは語らない。

あくまでこの映画の中で起きること、その中でもっとも印象的だったことに触れたい。

 

太宰は、妻がいようが、子供がいようが、酒に溺れ、女性を虜にし続けた。

しかし驚くべきは、とことん振り回されているのが太宰本人だったということ。

愛する男に振り回されているようで、強い意志を持った女たちは最終的に太宰を振り回している。

この映画は強い女たちが愛する男を前に、どのように自分を貫いたかを知る映画なのだ。だからこそ奥が深い。

 

 

太宰を通し、欲望を現実化させていく女たちの底抜けの強さに揺さぶられる。

妻の美智子は太宰の権利関係と津島家(太宰の本名)を受け継ぎ、愛人の静子は「斜陽」という作品、そして子供を授かり太宰治の「治」の字を太宰からもらい娘に治子(ハルコ)と名付け、最期の女であった富栄は、世界的な文豪と共に命を断った女として今もなお多くの人に記憶されている。

それぞれが太宰との恋愛関係に神経をすり減らすだけで決して終わらず、欲しいものを得る。

女たちの選択した“生き様”を通じ、3通りの強さに触れられる映画だから見応えがある。

 

文豪の妻という唯一無二の立場のプライドから生まれる強さ。

斜陽のモデルとして、共に偉業を成し遂げたという自信から生まれる強さ。

愛する者のためならば、命も差し出せるという強さ。

 

太宰を愛しているように見えて、彼の存在を通して自らの人生を完成させようとした女たち。

犬と飼い主の絶対的な主従関係がふっと反転した瞬間を思い出した。

ふりまわしているのか、ふりまわされているのか。

 

読書の秋の前に、日本人が心の何処かで求め続けてきた、未だ観たことのない太宰治に出会ってみてはいかがだろう。

 

 

人間失格 太宰治と3人の女たち
9月13日(金)ロードショー

監督:蜷川実花
出演:小栗旬 宮沢りえ 沢尻エリカ 二階堂ふみ
成田 凌 / 千葉雄大 瀬戸康史 高良健吾 / 藤原竜也
脚本:早船歌江子、音楽:三宅純 撮影:近藤龍人
主題歌:東京スカパラダイスオーケストラ「カナリヤ鳴く空feat.チバユウスケ」(cutting edge/JUSTA RECORD)
配給:松竹、アスミック・エース
© 2019 『人間失格』製作委員会

公式サイト:http://ningenshikkaku-movie.com
Instagram:https://www.instagram.com/NSmovie2019
Twitter:https://twitter.com/NSmovie2019

 

 

映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/

Instagram:@higashisayumi

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