映画ソムリエ東 紗友美の「映画と暮らす」
映画「建築学概論」に見る
予想外の興味深いギフトとは

この世の中で最も値打ちあるギフトとは、なんだと思いますか?
相手が自分のために遠慮なく使ってくれる時間こそ、お金に匹敵するようなプレゼントだったりしますよね。
スマホの影響もありインターネットの檻から常時抜け出せず、どんな瞬間も情報に囲まれとにかく忙しい現代人。
2019年、1月。
まだ始まったばかりではありますが価値あるギフトについてよく考えてみることで日頃のコミュニケーションや何気ない行動にも変化が生まれるかもしれません。
『建築学概論』は未消化に終えた過去の恋愛のほろ苦さを観るものすべてに追体験させて、2013年韓国では410万人を動員させるヒットとなった物語です。
その当時の恋愛映画の記録を塗り替えるほどに大ヒットした作品でもあります。

© 2012 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved
建築家の男性スンミン(オム・テウン)が働く建築事務所に、ある日突然ソヨン(ハン・ガイン)という女性が「あなたに家を建ててほしい」と設計を依頼しにやってきます。
実はソヨンとスンミンは、15年前に大学生だった時の授業「建築学概論」で出会っていて、スンミンの初恋の女性でもありました。
ソヨンの仕事を引き受け、チェジュ島にあるソヨンの実家をリフォームしているうちに心にしまい込んでいた淡い恋の記憶が蘇ってきますが、スンミンには結婚を約束した婚約中の女性がいました。
再開した2人はかつて抱いていた恋心をどのように消化させていくのでしょうか?
一見、風変わりなタイトルと4人の男女のパッケージからはストーリーがイメージできないかもしれません。顔立ちは全く似てないのですが(笑)4人の男女の学園コメディではなく、1組のカップルの現在と過去を表しています。

建築学概論 DVD¥4,700(税込¥4,935)、BD¥5,700(税込¥5,985)
今はもう記憶の片隅を散策しても見つからないような、何年も昔に抱いた恋心。
一生味わうことのできないあの頃のトクベツな気持ちにもう一度出会うことのできる映画です。
自分の中でまだ終わったことになっていない恋愛を持ち合わせている人にとって、寒い冬に飲むコーンポタージュスープのように全身にこの物語がじんわりと染み渡っていくことでしょう。
さて、この映画は恋愛映画としてだけでなく久しぶりの再会を果たしたソヨンとスンミンの関係を通じて、冒頭に書いたように人の心が充足感で満たされる方法が表現されています。
それは、大事に想われている、相手にケアされている、という実感こそが幸福感に繋がるということ。モノや物質の不足を満たすことでは、決して補えるものではありません。
今の時代、ラインやらメッセンジャーやら簡単にコミュニケーションが取れますよね。
それはとても感謝すべきであると同時に、もしかしたら会うべき人と会えていないのに簡単なメッセージのやりとりだけで満足した気になってしまっているケースも多く作り出しているような気もします。
劇中では、スンミンは結婚式を控え時間との戦いが必要とされる状況下で、かつて想いを馳せていたソヨンの理想の家を完成させることに時間が許す限り誠心誠意向き合います。
恋愛であれ何であれ、特別な感情を抱いた相手にはいつでも駆けつけるという心持ちや可能な限りあなたに向き合います…という態度で接することが関係を深めるには有効なものです。これは、ビジネスにおいても言えることですよね。

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また、この映画には永遠に完成させないほうが美しいものが世の中には存在するという真理があると静かに語っています。
見る者の想像力を掻き立てられる「未完の美」といえば、イタリアの世界遺産シエナ大聖堂や、2026年に完成が見込めるようになりましたがスペインの世界遺産サグラダファミリアなどが思い浮かびますね。芸術や建築物だけでなく実は人の感情にも同様です。
決して他人にひけらかすためではない自分だけの、もしくは2人だけの儚い感情を持つこと、それはイマジネーションを永遠に膨らまし光り輝く。完結していない秘密の関係にこそ、色気も宿るものです。結論のでないものこそ心が揺さぶられるのは、人間の性ともいえます。
比較的ハッキリした性格で何もかもに白黒つけたくなる私は、こういう作品に触れることで、あらゆる物事の進捗に焦ったり、結論が見えにくいものに対してすぐにピリオドを打とうとしたりしなくて良いのだと思えました。
ちなみに、この映画はタイトル「建築学概論」に暗喩が込められています。
それは家を建てる過程と人を愛する過程は同じではないか、と独特の新たな価値観を残してくれます。
ただ鑑賞するだけでも十分なのですが普通の恋愛映画と異なり、こちらが能動的に汲み取らないといけない部分もあえて楽しんでいただければと思います。
最後に、劇中でソヨンとスンミンが過去の感情を再構築させながら建てたチェジュ島のソヨンの家。現在は映画の大ヒットからカフェとして生まれ変わり観光名所になっています。この映画を愛する私は、もちろん訪れました。
カフェ内のインテリアも可愛らしいだけでなく、広々と余裕をもって配置されており、他のお客さんがいても圧迫感がない置き方。
インテリアの参考になるかもしれません。
チェジュ島は日本から約3時間と近く、週末だけでも足を運べます。
海は目の前。無限に広がる空と静謐な波音に包まれたソヨンの家からの景色。
物語の主人公になれる場所が今も残されているんです。
行ってみたい旅先が一つ増え、ショートトリップの原動力となってくれる映画でもあります。たくさんのメッセージを心に刻む「建築学概論」を是非、ご覧ください。
映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)
1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/