老舗の手みやげ
和の情緒を感じる味
とらやの「夜の梅」
時代を超えて愛され続ける逸品とともに、老舗の歴史を紐解いていく新連載「老舗の手みやげ」が開始。第一回となる今回は、長い歴史のある企業の一つであるとらやの「夜の梅」をご紹介。株式会社虎屋・取締役副社長 黒川光晴さんにその歴史と商品への思いをお伺いした。ぎっしりと思いの詰まった老舗の逸品を、ぜひ大切な人へ。
丁寧な仕事の積み重ねで
できあがる味わい
とらやといえば、羊羹。重厚感があり日保ちがする羊羹は、機能性が高いため贈答品として広く重宝されるようになり、自然ととらやを代表する菓子となった。
羊羹は、小豆、寒天、砂糖のみのシンプルなもの。だからこそ、最上級の原材料を厳選している。たとえば、あんの味に直結する小豆には、風味が豊かで色艶、舌触りのよい『エリモショウズ』という品種。この品種は病気を防ぐために栽培間隔を8年ほどあけなければならず、生産者にとって扱いづらいものである。そのエリモショウズの安定供給のため、産地に赴き、積極的にコミュニケーションをはかっている。
製造過程でも素材のよさが生きるように、職人の手間暇を惜しまないことはもちろん、安定性や持続性が求められる作業など、機械で作ったほうがよりよいものができると判断した場合は、機械を使うことも。その場合でも要所要所では、職人が手を入れて細やかな按配をしている。研究所では素材の特性や食感など「おいしさ」を科学的に検証し、あらゆる角度からよりよい菓子作りに取り組んでいる。
シンプルな材料を使うからこそ、そういったひとつずつの積み重ねが、「少し甘く、少し硬く、後味良く」という、とらやの菓子の特徴を支えている。
そのとらやを代表する菓子のひとつが1819(文政2)年の記録に残る小倉羊羹「夜の梅」だ。
春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる(『古今集』)
(春の夜の闇は無意味だ。梅の花のせっかくの色が見えなくなってしまうが、その素晴らしい香りだけは隠れようもない)
この歌で表されている情景のように、切り口の小豆が、夜の闇にほの白く咲く梅を思わせることから、「夜の梅」と名付けられた。古の人の洒落心を感じる逸品だ。
世界中で和菓子が
愛される世を目指して
京都で創業したとらやだが、正確な創業年まではわかっていない。古文書に後陽成天皇の在位中(1586~1611年)に宮中の御用を勤めたことが記されており、御所御用は二代、三代と世代を重ねて社会的信用のある店でないと勤めることができないため、そこからさかのぼると室町時代後期には創業していたのではないかと推測される。当時は菓子と言っても、現代のように華やかなものではなく、まんじゅうや羊羹など素朴なものが主だった。
12代店主・黒川光正(みつまさ)の時代には東京遷都となり、東京へ進出するかどうかの選択を迫られることになった。とらやにとって御所御用は大切な勤め。京都店はそのまま残し、東京にも店舗を出店。さらに明治12年には、赤坂区赤坂表(現在の港区元赤坂)に移転し、ここに初めて、赤坂の地で商いを始めることとなった。
東京に進出してからは、1923(大正12)年に関東大震災に見舞われ、多くの人命や財産が瞬時に失われていく惨状を目の前に、それまでは受注生産だった経営体制を見直し。新聞広告や、今でいうダイレクトメールの発送など積極的に営業活動をしていく方針に変更した。また1945(昭和20)年には第二次世界大戦で工場が被災。原料となる砂糖の入手が困難になり、パンを作ったり喫茶店を開いたりとそのときにできることに挑んでいった。
大きな苦難を乗り越え、1962(昭和37)年に販路を広げるために初めてのデパート進出となる池袋東武会館(現在の東武百貨店)に出店。その後、徐々に店舗を増やしていった。1978年には富士山のふもとに御殿場工場を竣工。富士山から湧き出る水であんを炊きながら、生産量を伸ばしていった。これが経営基盤となり、現代までの礎となっている。
近年では、和と洋の垣根を超えたお菓子の提案をする「TORAYA CAFÉ」を2003年にオープン。また、今年は東京オリンピックに向け、スポーツウェアでも気軽に立ち寄れるというコンセプトの「TORAYA AOYAMA」を期間限定でオープンした。これまでの店舗にはなかったスポーツイベントを行うなど新たな体験ができる場所となっている。
2018年10月1日には「とらや 赤坂店」をリニューアルオープンの予定だ。以前はオフィスビルも兼ねた9階建てのビルだったが、和菓子店として必要な要素だけを残し低層化。地上4階、地下1階の建物に生まれ変わる。3階には喫茶と製造所を併設。ガラス越しに菓子づくりの様子を見られる。地下にはギャラリーを設け、こちらでもとらやの歴史を感じることができる。
「羊羹を世界へ」と謳っているが、その真意はコーヒーやチョコレートのように、和菓子がグローバル化することなのだという。
コーヒー豆が世界中で育てられ、産地による違いが楽しめるように、小豆が世界中で作られるようになれば品質も向上し選ぶ幅も広がる。自社だけではなく、和菓子業界すべての成長がとらやの願いだ。
とらやホームページ:https://www.toraya-group.co.jp/
TORAYA AOYAMA
営業期間:2018年7月2日(月)~2021年1月(予定)
住所:東京都港区北青山2-3-1 Itochu Garden 地下1階
営業時間:10:00~19:00(L.O.18:45)
定休日:日曜日
とらや 赤坂店
リニューアルオープン日:2018年10月1日(月)
住所:東京都港区赤坂 4-9-22
営業時間:売場 8:30~19:00(平日)、9:30~18:00(土日祝)
虎屋菓寮 11:00~18:30(平日)、11:00~17:30(土日祝)
※ランチタイム11:30~15:00、ギャラリー 10:00~17:30(イベントによっては変更の可能性有り)
(取材&文・SUMAU編集部 商品撮影・三浦 大)