WHISKY CHASER

2017.09.13

世界が認めた日本のウイスキー
イチローズモルト

2004年にたった一人から始まったベンチャーウイスキーは、イチローズモルトとして世界へ躍り出た。今回はそんな世界中にファンを持つ日本のウイスキー、イチローズモルトの魅力を知るために東京から意外なほど近い秩父蒸溜所を訪ねた。

 

 

今夜ウイスキーがあったなら◆第3夜

——秩父蒸留所を訪ねて◇前編

 

 

2017年、世界的に権威ある品評会が

最優秀賞を贈ったウイスキー

 

ベンチャーウイスキーがてがけるイチローズモルトは、今年「ワールド・ウイスキー・アワード 2017」のシングルカスクシングルモルト部門で最高賞を受賞した。

つまりは世界最高峰のウイスキーのひとつに選ばれたことになる。

2011年の初リリースからわずか10年足らず。少数精鋭の蒸溜所が成し遂げたこの成果は、日本のウイスキーファンならずとも魅了されるエキサイティングな物語をはらんでいる。

 

東京から車で走ることおよそ2時間。秩父蒸溜所がある秩父市みどりが丘は、自然豊かなランドスケープが広がっていた。この日の天気は曇り。灰色の雲が霧のように秩父の山を包み込んでいる。その風景をバックに立つスタイリッシュな建物は、ミステリアスでもあり、スコットランドにある蒸溜所のようにも思える。東京からこれほど近い場所で、世界が注目するウイスキーが造られている。そう思うと不思議な気分になってくる。

 

 

イチローズモルトの定番は現在4種類。

 

 

ベンチャーウイスキーの代表である肥土伊知郎(あくといちろう)さんの実家は、300年という歴史を持つ酒蔵。1946年に祖父がウイスキー製造の免許を取得し、1980年代に羽生蒸溜所で本格的なスコットランド式のウイスキーを造っていた。

 

その後、会社は売却されることとなるが、当時抱えていた400樽のウイスキーの原酒を何とか世に出したいという思いがあった。いろいろ奔走したあげくに、肥土さんはなんとかベンチャーウイスキーを立ち上げることとなった。

初期の「カードシリーズ」といわれるウイスキーは、この原酒をボトリングしたものだ。現在はコレクターズアイテムとして世界的にも評価が上がっている。

 

小さな蒸溜所に込められた

深いこだわり

 

テイスティングルームのある建物を訪ねると、チャーミングな女性がにこやかに現れた。

今回の案内人吉川由美さんだ。ベンチャーウイスキーのブランドアンバサダーとして、見学の案内役をする傍ら、製造にもかかわっているという。

 

 

ウイスキーの製造過程を丁寧に説明してくれる吉川さん。

 

 

彼女の案内で、まずは製造の工程を順番に見せてもらうことに。はきはきと細やかに説明してくれるその姿勢からはウイスキーへの情熱が伝わってくる。

 

「肥土がウイスキーの製造免許をとったのは2008年ですが、その前に受け付けたのは白州蒸溜所だったそうですよ」。

 

つまり、30年以上間隔が開いていたことになるそうだ。そこで、関係部署でもたずさわるのは初めてのことが多く、書類を整えるのも大変だったという。この話を聞くと、日本では30年ぶりになるウイスキーの蒸溜所を、それも大手メーカーではなくマイクロ・ディスティラリーが立ち上げたこと自体が、日本のウイスキーにとってエポックメーキングであったことがよくわかる。

 

現在、日本では次々と小さな蒸溜所がオープンしているが、そこには少なからずイチローズモルトの成功に勇気を得たところが少なくないと言われている。

 

ところで、ウイスキーの仕込み工程を簡単に紹介すると下記のようになる。

1.大麦を水につけて発芽させる。(製麦・せいばく)

2.製麦した麦芽をモルトミルで砕き、水と合わせて糖化させる。

3.発酵槽に糖化した麦汁と酵母を入れて発酵させる

4.発酵した醪(もろみ)を蒸留器で2回蒸留する。

5.蒸留した原酒を樽で寝かせる。

 

この工程を頭に入れて、蒸溜所の中を見てみよう。

 

 

ウイスキーの原料となる大麦は産地によっても香りや風味が異なる。

 

 

最初に通されたのは、大麦を発芽させた麦芽を粉砕する小さな部屋だ。イチローズモルトに使う大麦は、イングランドやスコットランド、そのほかに地元の埼玉県で作っている大麦を使う。日本の大麦を使っている蒸溜所は他にないそうで、これはとても興味あるチャレンジだ。

 

「昨年から、埼玉産の大麦を使ったウイスキーを造り始めました。思った以上にフルーティなモルトができています。そうですね、南国系の果物を思わせるような香りですよ」と吉川さん。

 

目指すところはフルーティな原酒というイチローズモルトにとって、これはとてもいい傾向だという。最終的には全体の10%程度を地元埼玉産の大麦で造りたいと考えている。

 

スコッチの基準に合わせて3年以上熟成させるため、現在その原酒はゆっくりと寝ているところだ。

地元で造った麦と地元の水を使った、クラフトマンシップあふれるウイスキーに出会う日も近いのかもしれない。

 

 

麦芽は3つのサイズに粉砕される。この割合が2:7:1になるのを右の道具を使って確認する。

 

 

みずならの発酵槽がウイスキーに

“秩父らしさ”をもたらす

 

モルトミルで粉砕された麦芽は糖化槽へと運ばれて、そこで麦汁となって発酵槽に入れられる。小さな空間にズラリと並ぶ発酵槽が木桶なのに驚いた。

 

近年は手入れのしやすいステンレスが使われることが多いが、ここでは昔ながらの木桶を使うことで、よりいい風味が出るという信念を持っている。発酵槽に使われているのは、日本のウイスキーの樽として有名なミズナラだ。

 

「木製の発酵槽は保温性がいいのが特徴です。また木の内側に乳酸菌が住み着いているので、酵母で発酵した後の乳酸発酵でこの乳酸菌がいい働きをしてくれるんです。これは木桶にしかできないことなんですよ」。

 

 

特注で作っている、東北産のミズナラを使った発酵槽。

 

 

実は、木によって住み着く乳酸菌の種類も変わる。木製の発酵槽は杉などの針葉樹が使われることがほとんどだが、広葉樹のミズナラを使うことで、針葉樹にはいない乳酸菌の働きを期待しているという。

 

「それが独特な“秩父らしさ”に繋がるのではないかと思っています」。

 

個性を重視するイチローズモルトにとって、この木製の発酵槽は重要な意味を持っているらしい。

 

 

2000ℓ入るポットスチル。初溜窯は液体の表面が広くなるずんぐりした形だ。

 

 

発酵槽の中で4日ほどかけて発酵が終わると、麦汁はアルコール度数7%程度の醪になる。それをポットスチルで2回蒸溜するとウイスキーの原酒ができあがる。一度目の蒸溜でアルコール度数は23%、2000ℓあった醪は700ℓに、さらに再蒸溜することでアルコール度数は70%にもなる。

 

「2回目の蒸溜で最初に出た原酒は刺激が強く、また最後のところは弱いので熟成に向きません。そこでミドルカットといって真ん中のいいところだけを使います」

 

最終的に使う原酒は200ℓというから、2000ℓの醪が1/10まで減ったことになる。

 

樽に寝かせる時は63.5%になるように加水する。これは熟成の過程で樽から出る成分がアルコールに溶けるものと水溶性のものの2種類あるためで、アルコール度数を少し下げることで水溶性の成分を出やすくしているのだ。

 

麦芽、発酵槽、溜留などそれぞれの工程で個性的なウイスキー造りの工夫を行うイチローズモルト。さらにその魅力引き出すのは樽による熟成のなせる業だ。

 

後編では、熟成庫を案内してもらいながら、熟成の話やイチローズモルトが目指すウイスキーなど、さらに深いその魅力を紹介する。

 

 

 

株式会社ベンチャーウイスキー 秩父蒸溜所

 

住所:埼玉県秩父市みどりが丘49

※見学はプロ向けのみ(要予約)。一般の見学は受け付けていない。

 

(取材&文・岡本ジュン 写真・西崎進也)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、お酒、生産者、旅などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/