WHISKY CHASER

2018.03.14

長い時をかけて繋がった
クラフトウイスキーの物語

写真提供:三郎丸蒸留所

2016年、富山県にある小さな蒸留所が55年もののシングルモルトをリリースした。発売されたジャパニーズウイスキーとしては日本最長熟成ともいわれ、すぐに完売するとともに、多くの話題をさらった。このウイスキーを手掛けた富山県・砺波市にある三郎丸蒸留所を訪ねた。

 

今夜ウイスキーがあったらなら◇第9夜

 

戦後まもなく発足した

ウイスキー蒸留所が復活

 

長い間のウイスキー人気の低迷で、小さな日本のウイスキー蒸留所は縮小や休止を余儀なくされてきた。しかし、このところの世界的なウイスキーブームにより復活を果たし、日本人が持つクラフトマンシップをバネに完成度の高いウイスキーを発表し、再び注目を集めている。

 

その1つが富山県にある三郎丸蒸留所。1950年代から地元富山で『サンシャインウイスキー』として愛されてきた。

 

母体は江戸時代から続く日本酒の造り酒屋である若鶴酒造。ウイスキーの製造免許の取得は1952年(昭和27年)だが、若鶴酒造5代目にあたる稲垣貴彦氏が、再生プロジェクトを立ち上げたところから、この蒸留所の第2幕が始まるのである。

 

 

写真提供:三郎丸蒸留所
蒸留所の木造の建物内にある熟成庫。自然の気候にまかせて熟成している。

 

 

「サンシャインウイスキー」の誕生は、第二次世界大戦中に食糧管理法によって米が統制されることとなり、本業の日本酒造りに影響がでたことがきっかけになった。若鶴酒造二代目にあたる稲垣小太郎氏は、米以外の原料からアルコールを造ることを考えた。1947年(昭和22年)に若鶴発酵研究所を設立。焼酎、雑酒、ウイスキーの製造免許を順番に取得していった。

 

1953年春、若鶴酒造初となる『サンシャインウイスキー』が誕生したのである。

当時の販売は富山県内に限られていた。しかしその矢先、1953年5月に蒸留所は悲劇に見舞われる。蒸留所から出火し、研究室や工場、原料倉庫などのべ約635坪を全焼すると言う大火災でほぼすべてを失ってしまう。しかし地域の人々の労力をいとわない協力で、半年たらずで工場は再建を果たす。

 

翌1954年、当時日本では5社のみ所有していたというARSパス式蒸留器を導入し、ますますウイスキーに力を入れていく。いったんはウイスキーの蒸留も順調に伸びたが、長い年月の間に盛り返した若鶴酒造の日本酒に押され、ウイスキー造りは徐々に衰退し、細々と流通する銘柄となってしまう。

 

 

貯蔵は主にバーボン樽。鶴のマークが入っている樽も。

 

 

時は流れて現代へ。5代目にあたる稲垣貴彦が若鶴酒造に戻ってきたことから、新しい歴史が始まることとなった。

 

蒸留所の奥には、稲垣小太郎氏が残した宝物ともいえるウイスキーが眠っていたのだ。

それを飲んだ貴彦さんは、「60年以上守り続けてきたウイスキーを途絶えさせたくない。

この技術を残したい」という思いを募らせる。

 

とはいえ、歴史ある木造建築の蒸留所はボロボロ。いたるところに手を入れる必要があり、それには膨大な資金が必要であった。

 

そこで貴彦さんは『三郎丸蒸留所改修プロジェクト』という蒸留所再開発のためのクラウドファンディングを立ち上げる。「富山のウイスキーを世界に通用するウイスキーに育てる」というメッセージに共感し、目標額の2500万円を上回る、約3825万円が集まったのだ。

 

この金額から見ても周囲の期待がいかに大きかったかが分かる。

そして、北陸でただ1つのウイスキー蒸留所として2017年にリニューアルを遂げた。

 

 

木造の蒸留所の入口。2代目稲垣小太郎氏の銅像が置かれている。

 

 

蒸留所を訪れると、まずはその外観に驚かされる。

建物は富山市内の建物を第2次大戦前に移設した木造建築で、中に入ると、まるで古い学校か倉庫のようだ。広いスペースにこじんまりと蒸留器がまとめられている。一部は樽が詰まれた熟成庫で、ウイスキーは四季の温度変化を受け止めながらゆっくりと眠っている。このほかに温度管理された熟成庫もあり、将来的にはその二つの違いを楽しむこともできるかもしれない。

 

 

小さな蒸留所に眠る

55年熟成のウイスキーが世界へ

 

世界的には無名の、日本の小さな蒸留所から55年と言う長い期間寝かせたシングルモルトウイスキーが発売される。三郎丸蒸留所が世界から注目されたのはこの時であった。

 

このウイスキーは2代目小太郎氏の時代に造られたものだ。長い年月を経て、今や世界のウイスキーマニアに評価されるクオリティを誇る。当時の少ない情報の中で、よりよいウイスキーを目指して、造り続けた日本人の誠実さとクラフトマンシップが宿っているのだ。

 

 

ステンレス製の古い国産蒸留器。ステンレス製は珍しいという。

 

 

「三郎丸 1960 シングルモルト55年 カスクストレングスは、

瞬く間にウイスキーファンの間で噂となり、あっという間に完売しました」

 

若鶴酒造の広報を担当する焼田さんが、蒸留所を案内しながら話してくれた。

 

三郎丸蒸留所の蒸留器は古い日本製である。

 

「ネックはストレート型で、ラインアームが下に向いていますので、

比較的力強いウイスキーとなります」。

 

若鶴のウイスキーは伝統的にヘビーピーテッドの麦芽を使ってきたという。敷地内に井戸があり、酒造りに適した水が豊富なことも恵まれている。

発酵を促す酵母はビール酵母とウイスキー酵母を混ぜたものや、富山県で発見された酵母を大学と共同研究するなど、新しいチャレンジも始めている。

 

日本酒の酒蔵で培った酒造りの技術も高く、フルーティな香りをだすために、

その技術が応用されるなど、ここだけのウイスキーづくりにも余念がない。

 

現在の銘柄は、ブレンデッドの『サンシャインウイスキー』と、シングルモルトの『三郎丸ウイスキー』の2つ。シングルモルトの新製品はまだ熟成段階にある。

 

 

蒸留所の2階は資料館。ウイスキーの製造方法などの展示がある。

 

 

基本が日本酒蔵であることから、通常ウイスキーを仕込む冬は日本酒の仕込みに奔走される。そこでウイスキーづくりはあえて手が空いた夏に行っている。

北陸ですから、夏もそれほど気温はあがらないのでしょうね? というと、

 

「とんでもない。30度を超える日もありますよ」と焼田さんは笑う。

 

北陸で唯一のウイスキー蒸留所は、この土地の風土とも密接に結びつき、

この土地らしいウイスキーを育んでいる。

ウイスキーの蒸留所は、見学が難しいところも多いが、三郎丸蒸留所は一般にも見学(要予約)の扉を開いているというのもウイスキーファンにとってはうれしいかぎりだ。

 

 

 

若鶴酒造 三郎丸蒸留所

 

住所:富山県砺波市三郎丸208

予約受付センター: TEL0763-37-8159 FAX0763-37-8110

受付時間:月曜~金曜 9:30~17:00

http://www.wakatsuru.co.jp/saburomaru/

 

  • 見学について:

・月~金曜日に見学希望の場合

予約は3ヶ月前より2日前までに予約受付センターへ問い合わせ。

・土曜日見学希望の場合

予約は3ヶ月前より1週間前(前週の金曜日)までに予約受付センターへ問い合わせ。

※完全電話予約制。予約受付センターへ問い合わせ。

 

(取材&文&写真・岡本ジュン)

 

PROFILE  岡本ジュン

“おいしい料理とお酒には逆らわない”がモットーの食いしん坊ライター&編集者。出版社勤務を経てフリーに。「食べること」をテーマに、レストラン、レシピ、お酒、生産者、旅などのジャンルで15年以上に渡って執筆。長年の修業(?)が役に立ち、胃袋と肝臓には自信あり。http://www.7q7.jp/