おもてなし料理
染付のうつわと桃のスープ
「なぜ桃太郎は桃から生まれてきたんだろう、他の果物じゃだめだったのかしら」とか「昔話では鬼に向かって桃を投げるけれど、なんで鬼は逃げていくのかしら」とか、幼いながらに桃の存在は不思議なものだった。
大人になってからは、夏が近づくとそわそわしながら果物売り場に通う日々。少々甘さが控えめだったとしても、走りの桃を食べられる幸せはこの上もない。私は果物の中では甘くてジューシーな桃が断トツに好きだ。私が桃を好きになったのは、この地に生まれてくる前から。もっと詳しく言うと、母のお腹の中にいるときから桃ばかり要求していたらしい。
しかし、調べてみると妊娠中に桃を食べるというのはどうやら理にかなっていることらしい。古代中国では、桃は妊婦のつわりの特効薬と考えられた。そこから、桃は長寿を象徴する仙果となった。そうそう、そんなこととは知らず、以前中華料理店で誕生祝いをしてもらったことがある。ローソクとともにケーキが登場するわけではなく、目の前に運ばれてきたのはまるでお尻のような形をした小さなお饅頭だった。もっとお祝いらしいものは無かったのかしらなんて、えらそうなことを思ったけれど、そうかあれはお尻じゃなくて長寿を願う桃だったのか(笑)
そもそも桃という漢字自体も、占いから来ているらしく、亀の甲羅に火を当ててそのヒビの入り方から来る「兆」という形に由来する。中国では、桃の木には霊力が宿ると考えられ、正月になると家の門の横に、桃符という魔除けを飾る。長寿を司るほかにも、魔を祓い除けてくれるなんて、心強い果物である。
こういう不思議な力を持つという中国の思想は、やがてわが国に入って「桃から英雄が生まれたり」「鬼を退治するのに使われたり」、自然な形で日本に定着した。
桃は、単に美味しいというだけでなく、実のところ多くの効能を持つ。果物は身体を冷やす性質のものが多いが、桃は身体を温めてくれるし、桃独特の甘い香りの成分、ピーチアルデヒドは精神や心を落ち着かせて幸せな気分をもたらしてくれる。桃を口にしたときの高揚感の理由はきちんと説明できるのである。また、デトックスを促してくれるカリウムも豊富な上、皮ごと食べると肌の保水力を増すとも。
今回の料理は桃の冷製スープをとことんシンプルに。桃を丸ごと食べる以上に、桃らしさを感じるスープを目指した。素材の味をいかすために余計なものは加えない。もちろんベースの桃スープだけでいただいても美味しいのだが、シャリシャリとした食感の桃のシャーベットを加えることで、より洗練された味わいを楽しむことができる。
器は染付で瓔珞紋(ようらくもん)の向付。瓔珞紋とは、古代インドの貴族が身につけていたアクセサリーに由来する文様のこと。
この器は昨年麻布十番を散歩していたときに、突然に視界に飛び込んできたのが出会いだった。古いものは一度逃してしまうと、よほどのご縁がない限り手元にやってこない。お店の前を何度も行ったり来たりして、悩んだ末、我が家にやってきた。口縁を花形にかたどっているところが優雅で好ましい。フェミニンな桃のスープには、このように女性的で可愛い器を使ってみたい。
桃の冷製スープ
材料(2人分)
A 桃のスープ
- ・桃 1個
- ・水 80ml
- ・レモン汁 小さじ2分の1
- ・生クリーム 小さじ1
- ・塩 3つまみ程度
B 桃のシャーベット
- ・桃 1個
- ・生クリーム 50ml
1.桃のスープを作る。桃を皮ごとカットし、水と一緒にミキサーにかける。
- 2.漉して、レモン汁を加えて、味見をしながら塩を加える。味が整ったら冷蔵庫へ。
- 3.桃のシャーベットを作る。桃を皮ごとカットし、生クリームとミキサーにかける。ふんわりしたテクスチャーなったら、漉して、冷凍庫で凍らせる。
- 4.シャーベットは、冷凍庫から出したてを、スプーンでがりがりとひっかくような形でほぐして使う。冷えた桃のスープの上に、桃のシャーベットをのせてできあがり。
今回ご紹介した器を購入したお店は、麻布台の大蔵オリエンタルアート。大蔵オリエンタルアートは「インテリア骨董」を扱うショップで、「モダンインテリアとジャパニーズアンティークの調和」をコンセプトにセンスの良い店主が厳選した骨董品が並ぶ。
「私共がご提案する商品は、蔵の奥に桐箱とともに仕舞い込んでしまうようなものではなく、 日常使いとして実際に使用し、また、飾って楽しむことが出来るものを中心に構成しています。 お客様のご自宅へ赴きその方のライフスタイル、趣味嗜好を熟慮した上で、商品セレクトのアドバイス、インテリアコーディネートのご提案も行っています。
小さな店舗ですが、店名である『大蔵』の名の通り、店内は”Treasure Box”のように宝物が沢山詰まっています。是非ご来店ください。」
とのこと。店内に並ぶ箪笥の引き出しを開くと、その中にも美しい器が詰まっていた。まるで宝箱を開くようなワクワクした気持ちになれる、とっておきのお店。
大蔵オリエンタルアート
住所:港区麻布台3−3−14
営業時間:11〜18時
休業日:月・日曜日
料理家 千 麻子
美術史を専攻し、都内の博物館に勤務。その後美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ミシュラン三ツ星レストラン L’assiette champenoiseの厨房で研鑽を積む。
地方を旅しながら歴史と文化を肌で感じ、心に残った食べものを再現することが愉しみ。
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