おもてなし料理

2019.09.25

赤地金襴手と餡かけジャガイモ餅

海外を旅することが多いが、ときには食べ慣れない食事に戸惑ってしまうこともあった。そんな時に救世主となってくれたのは、いつもジャガイモだった。オックスフォードに短期留学した際には、ホームステイ先の夕食は決まってグリーンピース、ニンジン、ジャガイモのみが大皿に盛られたものだった。この3つの食材が毎日ローテーションのように揚げたり、蒸されたり、焼かれたりする。たまに冷凍のパイ包みが出たときには、狂喜乱舞しそうになったものだ。たった1ヶ月のステイでげっそりと痩せて帰ってきたのだが、当時野菜が苦手だった私の唯一の心の支え(物理的な身体の支えでもあったが)はジャガイモだった。

 

私のジャガイモ好きは、その頃に始まったわけではなく、小学校の演劇会では野菜の王様としてジャガイモ役を演じたこともあった。文化祭には、とろとろのバターと粗塩たっぷりのジャガバターを食べるのが何よりの楽しみだったし、クアアイナのサクサクでジャンクな味のポテトフライや、母の作るカレーライスや肉じゃがも捨てがたい。

 

 

本格的なフランス料理を勉強するために、リヨンの学校に通っていたときのこと。ある朝学校に行くとテーブルの上に小さいもの、いびつに大きいもの、色が赤っぽかったりベージュっぽかったりと、あらゆる形のジャガイモが並んでいた。当時フレンチで知っていたジャガイモ料理は、いわゆるジャガイモのグラタンと、付け合わせのピュレくらいだった。学校では、ジャガイモの温度を変えて揚げることでころんと芸術的に膨らむポムスフレや、不思議な機械に刺してくるくるとまわした紐状のジャガイモをフライパンで焼いたデンテル、デンテルに卵やベーコンを合わせてお好み焼きのようにするパイヤソン、薄くスライスをして茹でてから澄ましバターを塗って型に入れてオーブンで焼くポムアンナ…数えたらきりがないほどの品数を学んだ。いびつな形から変幻自在に姿を変えることができるのが、ジャガイモの面白さだと心得た。

 

今でこそ当たり前の存在のジャガイモだが、かつてフランスでは病を引き起こすものとして栽培を禁止されていた時代もあった。たしかに放置していると出てくる芽とか、ボコボコした姿はグロテスクに思えたのかもしれないし、事実ソラニンという毒があるのも否定はできない。

そんなフランスでジャガイモが普及するのは、パルマンティエ男爵がきっかけだった。彼は7年戦争でプロイセンの捕虜となり、ジャガイモを食べて生き延びた。ジャガイモは美味しくて、安全な食べ物であることを実感したため、ルイ16世に献上したり、王妃マリーアントワネットにはジャガイモの花をアクセサリーとしてつけてもらうこともあった。さらに、パリの郊外にジャガイモ畑を作り、昼間は兵士に監視をさせて、夜になると故意にその場を無人にした。すると、興味を持った近隣住民たちはジャガイモをこっそりと盗み出して、自分たちの手元で育てるようになったのだった。うまい戦略である。そうやってある時代には拒まれていたものが次第に広まって、今ではなくてはならない存在になったのだ。

 

 

今回はジャガイモ餅を作る。ジャガイモがぎりぎり固まる粉の分量にすることで、秋のジャガイモらしい甘さとうまみを楽しむ1品だ。一緒に合わせるのは抗酸化と解毒作用の高い菊の花。

中国の古俗には、最も大きな数字の重なる9月9日に高い山にのぼって菊花酒を飲み、長寿を祈るというものがあった。菊はその香りの高さによって邪気を祓うと考えられたのだ。日本でも重陽の節句でおなじみだが、本来旧暦の9月9日は今でいう10月に当たる。ちょうど今頃が菊の旬なのである。

 

 

盛りつける器は、赤地金襴手(きんらんで)の向付。

金襴手とは16世紀半ば、景徳鎮民窯で作られたもので、上絵付けをしたあと金箔を焼き付けたものを指す。金糸を用いて織られた金襴に似ていることから日本では、金襴手と呼ばれるようになった。その豪華絢爛な佇まいに、思わず気持ちが華やぐ上、内側の染付がアクセントになって見込みも楽しむことができる見所の多い器である。

 

 

餡かけジャガイモ餅

 

 

材料(4人分)

<ジャガイモ餅>

  • ・ジャガイモ(きたあかり)120g
  • ・片栗粉 6g
  • ・塩 適宜
  • ・ジャガイモの茹で汁 5〜10g
  • ・焼き油(サラダ油、米油、ごま油など) 適宜
  • <餡>
  • ・茅乃舎野菜だし 500ml
  • ・塩 4つまみ
  • ・淡口醬油 大1
  • ・水溶片栗粉【片栗粉20gを水40mlで溶いたもの】
  • ・菊 1つ

・柑橘類(かぼす、すだちなど)1つ

 

 

1.ジャガイモの皮をむいて2等分にし、竹串がすっと通るまで茹でる。柔らかくなったら、スプーンでおしながらジャガイモを漉す。

 

 

 

2.(1)に分量の片栗粉とジャガイモの茹で汁を加えて混ぜる。目安としては粉っぽさがなくなりしっとりするくらい。しゃばしゃばになるほど加えてしまわないように注意する。4等分にし、丸めてから少し平べったくする。

 

 

3.餡をつくる。茅乃舎野菜だしを温め、塩と淡口醬油を加える。しっかり沸騰させたら、水溶き片栗粉をまわし入れ、とろみをつける。

※少しずつ加え、十分にとろみがつけば、水溶片栗粉を全て使う必要はない。

 

 

4.(3)をたっぷりの油を焦げ付きにくいフライパンに入れて、ジャガイモを両面中火で焼く。

 

 

5.器に(4)の餡を注ぎ、菊の花を散らす。その上からじゃがいも餅をのせ、最後に柑橘の皮をすり下ろしてできあがり。

 

 

食べ終わると器の見込みの底には、見事な菊が現れる。

 

 

料理家 千 麻子

美術史を専攻し、都内の博物館に勤務。その後美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ミシュラン三ツ星レストラン L’assiette champenoiseの厨房で研鑽を積む。

地方を旅しながら歴史と文化を肌で感じ、心に残った食べものを再現することが愉しみ。

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