働き人のひみつ道具

2019.05.17

「相手が一瞬戸惑うような
“想定外”の提案をし続けたい」
博報堂ケトル クリエイティブディレクター
大木秀晃さん

博報堂ケトルのクリエイティブディレクターとしてトヨタ、ソニー、アサヒグループ食品、ローソンなどのプロモーションに携わる大木秀晃さん。同時に、渋谷でラジオの制作やイベントの運営も行い、@cosmeで知られるistyleではCCOも務めている。多忙に見えるが、決して仕事に追われることなく常に革新を求める大木さんに仕事への向き合い方、そして仕事に欠かせない愛用品をうかがった。

 

 

人とのつながりを持つことで

仕事が広がっていく

 

かつてCMはCMプランナー、キャッチコピーはコピーライターと役割分担をしていた広告業界だが、ここ10年ほどでWEBやSNSを含め、目的に合ったメディアを統合してメッセージやブランドイメージを伝えていくのが主流となっている。

 

近年、手掛けた相模ゴム工業株式会社の「ACT OF LOVE」もコンテンツや広告の枠を超えたプロジェクトとなった。

 

 

「『愛を行動に移そう』というメッセージを、動物の求愛行動に学ぶという企画でした。広告は通常3ヶ月ほどのスパンで製作することが多いのですが、これは企画実現までに4年。一流の監督やスタッフにお願いし、ダンスで求愛を表現する動画を、ロンドンに2週間滞在して撮影しました。また、求愛行動をまとめた図鑑を制作して出版したのですが、こういった横軸でまとめた図鑑はこれまでになかったので、この世に無いアカデミックなものを作ることができたのは自分にとっても大きいですね」

このプロジェクトは「カンヌライオンズ2016」ブロンズをはじめ、様々な賞を受賞した。

 

ほかにも、空間や街づくりに興味があるという大木さんは、六本木に世界最大級のUFOキャッチャーを作るプロモーションや、旧山手通りをアート空間に変える「アートストリート」なども手掛け、それぞれに大きな反響を呼んでいるが、企画を次々と実現するための心がけのひとつが「クリエイティブ借金」だという。

 

「企画を立てても、自分の能力だけでは実現できないことばかり…そこで『クリエイティブ借金』をするんです。大物の先輩に、多少無理があっても無邪気にお願いしてみる。あくまで、ビジネスですから相手も引き受けてくれることがほとんどです。これが借金ですね。今度はその先輩が困ったときに声をかけてくれるようになりますから、そのときに借金を返せばいいんです。特に20代の頃は、クリエイティブ借金をたくさんしました。今も、借金と返済は続いています」

 

また、クライアントとなる立場の相手とも、なるべく対等なパートナーとしての関係性を築いているそう。

「たとえば、オフィス家具の企業の広告を作っていたとしたら、オフィスのレイアウト変更をする際には、その企業へ依頼をするんです。双方向に仕事を生み出すことで、精神論だけではなくて、お互いにパートナーとして認められることになりますから」

 

 

このように人とのつながりが、次の仕事へと結びついていくクリエイティブ業界。さらに業界を盛り上げるためクリエイターたちが交流できる場所を作りたいと昨年スタートさせたのが、「TRAIN TRAIN TRAIN」だ。

 

「SNSが発達し、人との繋がりが煩雑になっている世の中。仕事の発生の仕方も多様化して、チャンスが失われている事もあるのではないかと4、5年前から感じていました。そんな折に訪れたベルリンで、クリエイターが集まる場所がたくさんあり、そこへ企業が訪ねてくるというスタイルが確立しているのを知ったんです。イメージしていた働き方を目の当たりにし、その帰りの飛行機で企画書を書きました」

 

ビジネス拠点にするなら多くの企業が集まる港区や、駅から近い便利な場所を選ぶのが普通だが、「TRAIN TRAIN TRAIN」は渋谷駅から離れた場所にあり決して利便性が高いとは言えない。

「企画の段階では駅から遠い場所に作るのはなぜだと驚かれました。打ち合わせで渋谷や恵比寿に来ることが多く、このあたりにクリエイターがたくさんいるというのは肌で感じていました。実際に、クリエイティブ系の事務所を地図に落とし込んでみたら、ちょうどこの場所が中間にあるとわかったんです」

狙い通り、今ではクリエイターが交わりネットワーキングができる場所として、着実に利用者が増え、ここから新たな企画も生まれ始めている。

 

「TRAIN TRAIN TRAIN」の立地についてもそうだが何かを始めるときには、「相手が一瞬躊躇するような提案をしている」のだと話す。

 

「原状維持する方が仕事を増やさないし楽ですよね。でも、こちらが想定外のことをすることで、相手が考え始めるんです」

そういった、“想定外のエラー”を起こし続けることが、大木さんの生み出す企画の大きな軸になっている。

 

そんな大木さんが今後の課題として挙げるのが働き方。

「労働集約型のビジネスモデルを続ける限り、クリエイティブ業界の働きすぎ問題は解決しないと思います。もっとシステム化したり、属人的な能力に頼らない仕組みを作らないと変わらないですよね。大きなことを言っているようですが、今まさに自分が直面している問題。少しずつですが自分の働き方を変えていけば、それが前例になっていくんじゃないかと思います」

 

 

 

クリエイティブな仕事を

密かに支えるアイテム

 

あまり無駄なものは持たないと話す大木さん。シンプルながら、日々新しい企画を生み出す大木さんの仕事を支える愛嬌のあるものに思える。

 

 

ノート/TRAVER’S FACTORY(中目黒)

「縦長で罫線がなくリングノートになっているのが、とにかくシンプルで使いやすいんです。仕事に愛用しているので、まとめ買いして常に3冊くらいストックしています」

 

万年筆/博報堂ケトルの記念品

「イニシャル入りの万年筆は、10周年のときに社員に配られたもの。いい文具をもつと背筋が伸びるような気がします」

 

 

カメラ/Nikon

「カメラはハンガリーのブダペストで買ったもの。カメラマン以外が写真展をしてはいけないのか、という疑問を感じて“I am not a photographer”という活動をしています。フィルムは、近所の原田康平さん率いる『INSPIRATION CULT』とLAの『Psychedelic Blues Film』とのコラボレーションフィルムとモノクロのILFORD400がお気に入り」

 

 

キーホルダー/Allegory(代官山)

「出張でもプライベートでも旅が好きで、ホテルのルームキーのようなデザインが気に入って買ったキーホルダー。最近買ったスズキのジムニーシエラのキーをつけています」

 

 

カードケース・名刺

「真鍮のカードケースです。金属の中で真鍮が好きで、真鍮のスプーンとか発見すると買ってしまいます。様々なプロジェクトに関わっているので、それだけ名刺を使い分けています」

 

 

腕時計/Apple watch・Grand Seiko

「普段はApple watchを使ってメールをチェックしています。Grand Seikoは父が退職金で買ってくれたもの。時計好きの人とは、この時計をきっかけに話が広がることもあるので、社長などへの重要なプレゼンの時にはGrand Seikoをつけています」

 

取材・文/SUMAU編集部 撮影/吉井裕志