パリで輝く女性たち

2018.06.22

「内側から魂を発するような
生命感あふれる植物を造りたい」
パリを魅了する陶芸家 栗原香織さん

photo : Kaori Kurihara

不思議なほどの生命感を放つ、想像上の植物たち。これらはすべて土からかたちづくり、彩色をして焼成した陶芸作品。制作したのは、パリを拠点に活躍する作家、栗原香織さんだ。

 

 

 

陶芸作家・栗原香織さん。パリ市内でフランス人の製本作家とシェアするアトリエにて

 

 

高校生のときに入った陶芸部で、素材に直接触れて最後まで自分の手で完成させるその面白さを知ってしまった栗原さん。京都精華大学芸術学部で陶芸を専攻した2年目に果物のドリアンの不思議な姿形に魅せられ、初めて植物を作品にした。そして交換留学で初めて1ヶ月だけフランスにやってくる。目的はヨーロッパの陶芸文化を学ぶこと…と思いきや、パリに着いて最初に駆け込んだのはビーズなどの素材専門店「La Droguerie ラ・ドログリー」パリ本店だった。

 

 

「小さな頃からこの店が大好きで日本で初めてできた京都北山のショップに連れて行ってもらってたんです。素材を買ってもらって、アクセサリーを作ったり。そこからフランスに憧れるようになって。なのでフランスと陶芸とはあまり関係なかったんです」と彼女は笑う。

 

 

大学を卒業すると、中世の趣きが残るロワール地方の街アンジェへ。フランス語を学ぶ日々の中、たまたま街の陶芸家と仲良くなり、アトリエを使わせてもらうことになった。そこで最初の転機が訪れる。パリに近い陶磁器の伝統的産地セーヴルで開催される現代陶芸ビエンナーレの出展作に見事選出され、ここで造られた作品がフランス工芸界の第一線で活躍する陶芸家たちの作品と並ぶことになった。

 

 

「こんな機会は絶対にない、とすぐに語学学校を辞めてパリに行き、1ヶ月間ともかく毎日のように会場に通って陶芸家たちに話しかけ、そこで後につながる縁ができました」

 

 

しかしここは異国フランス。いきなり働ける許可がもらえるわけではない。もうすでに陶芸を習得した自分がもう一度学校で一から学ぶのも違うと思った。あえて別の技術を学ぼうとジュエリークリエイターの学校に入る。セーヴルのビエンナーレで友人になった陶芸家とアトリエをシェアできることになって、昼はジュエリー、夜は陶芸という日々が始まった。そして国立ベルサイユ芸術学校の在籍中に、二度目の転機はやってきた。ジュエリーの学校の講師の勧めで応募していたフランス工芸家組合 Atelier d’Art de France の新人賞獲得という快挙だった。AAFは、陶芸、木工、テキスタイル、ガラスなどあらゆる分野の約7,000人の工芸家からなるフランス最大の工芸家団体。新しい才能をもった優秀な工芸家に与えられる賞が、日本人の彼女に授与されたのだ。取材、TV出演、グラン・パレでの展示…しかもそれがきっかけで、なんと2年分の注文が突然舞い込んできた。

 

「陶芸で行く」 そのとき、彼女の心は決まった。

 

 

2015年工芸新人賞の受賞メンバー。ジャンルの異なる6人が受賞した。© Ad Luminem – Julien Cresp

 

 

作品が「独り立ち」する、

その瞬間まで。

 

 

まるで本物の植物や果物のように緻密で繊細な作品たち。しかし造るときはあえて下絵を起こさない。それには彼女の作品の根本に関わる理由がある。

 

 

「もとになるデッサンがあって、それを目指していくと、どうしても外側からものを規定してしまうことになって、そこから広がらないんです。モチーフは植物などの“生きているもの”。だから私も、作品が生きてその“魂”が内側から外側に発せられるものを造りたいと思って」

 

 

 

 

「作品に“独り立ち”してほしいんです。陶芸に限らず、人を魅了する作品というのは作者の込めた思いが制作が終わったあとも作品に残りつづけていくんじゃないかと思っていて、そういう“魂”のようなものを託すためにも、自分が造るというより作品自体に私が誘導されていく感覚で造るほうが“自立した”ものができるような気がするんです」

 

 

最初におおまかな形は決めるが、表面をどう仕上げるか、枝をどうするか、色をどうするかは、それぞれの過程で数限りない試行錯誤をし、悩みながら進んでいく。仕上げの形も彩色も、その日になるまで自分でもわからない。いざ仕上げる時に作品のほうから聞こえてくる言葉。それを読み取りながら造りたいという。

 

自然界によく見られる「フィボナッチ数列」のように、植物の規則的に並ぶひだや棘は、一つ一つの部分を創ってそれを作品によっては数日もかけて埋めていく。

 

 

photo : Kaori Kurihara

 

 

「たくさんの植物を観察してきて思うのは、彼らは人間と違って損得なしに、エネルギーを吸って生きるために生きていて、最小のエネルギーでどれだけ成長できるかが重要になる。その自然の摂理の中で生まれた形や配列を見て、私たちは美しいと感じるんだと思うんです。私の作品も同じようであってほしいと思っていて、その成長のプロセスを感じながら“育っていくように”中心から埋めていくから、結果的に作品も成長し、自立するのかもしれませんね」

 

 

特に下絵の色つけは自分の心に大きなプレッシャーがかかる。彼女の作品も自然界と同じようにどの点をとってもまったく同じ色はない。色を混ぜるときには何層にも色を重ねていく。この色と決めてかかるのでなく“この作品がどんな色だったら独り立ちしてやっていけるんだろうか”という思いでつけていくという。自分が造っている、というより聞こえてくる言葉を感じながら、作品が連れて行ってくれる感覚があるときは、うまく行くと信じて続けられると語る栗原さん。

 

 

photo : Kaori Kurihara

 

 

「変な言い方ですが、意識と無意識のあいだで造っている感覚の時がいちばんうまくいく気がします。そうして造っていくうち、あるポイントから“作品たらしめる”瞬間というか、“ちゃんと形になってる”と思える瞬間がくるんです。“この植物ならこう育ちうる!”とわかる。それが私にとってのゴーサインですね。自分が造っているにもかかわらず、造り終わったあとに不思議と“こういう形になったんだ~” “へぇここはこうなっているんだ”と気づかされる感覚があって、その感覚が強いほど“うまくいった”と思うんです」

 

 

確かに栗原さんの作品は、自然でほんものの植物のようだが、何かそういう次元を超え、別の新しい生命のように力を帯びてそこに存在する強さがある。そしてそれは本物の植物以上に人の心を惹きつける。まさに優れたアートが持つ力そのものだ。

 

 

photo : Kaori Kurihara

 

 

「それがゆえに、制作しているときの感情の起伏は大きいですね。魂を込めようと作るからこそ、作品に自分が持っていかれてしまうような感覚が強い。それを乗り越えて出来上がったとき“ああ生きてる”って実感するんです。もしかしたら本気でものづくりをする人はみんなそうなのかもしれませんが・・・」

 

 

自分を高め、極度に集中しながらの作業を毎日続ける彼女が、張りつめた気持ちをやわらげるために一日の終わりに立ち寄るのは、自宅近くにあるモンソー公園だ。陽の長い夏は夜10時まで開いている。あふれる自然、散歩している犬を眺め、そして青い空を見つめる。バランスを失ってしまいそうな自分をこういった時間でなんとかリカバリーする。

 

「実は、セーヴルのビエンナーレで出会って自分のアトリエをシェアしてくれて、家族がいるのに家が空いているからと2年間部屋まで貸してくれた友人が、最近若くして亡くなってしまったんです。フランスに来てからそれがいちばんつらかったことでした。一緒に生活もして仕事場も共有して、ほんとうにずっと一緒にいた彼女が亡くなったとき、死というのは“不在”だ、と思ったんです。それ以来、生きているあいだは生命感にあふれる“生きているもの”を創りたい!という気持ちはいっそう強くなりましたね。彼女がよく着ていた抜けた空のような色のセーターが印象的で、公園で青い空を見つめていると彼女に見られている気がして」

 

 

パリ17区のモンソー公園

 

 

その言葉通り、豊かな生命力をもった作品はフランスで多くのファンを集める。この国でも多くの「セラミスト」(陶芸家)が器など実用のものを手がけるが、オブジェやインスタレーションに表現の幅を広げる「彫刻」の領域に近い作家も少なくない。彼女もその一人だ。コレクターもいるが、自分の家に飾り、生活の中で作品の生き生きとした生命感を感じていたいから手に入れたいという人もいる。あるいはその感覚を展覧会で確かめたり…。アートを鑑賞することに垣根がなく「全員が鑑賞者」というところにフランスの日本との違いを感じると、栗原さん自身も語る。

 

 

展覧会が開かれたパリのGalerie Collectionにて

 

 

最後に、これからもフランスで仕事をしていくにあたって彼女がいま望むことをたずねてみた。

 

「フランスでは観る人みんな “きれい” “すごい”とほめてくれてそれはうれしいんですが、批判された覚えがないんですね。良い意味で“批判されたい”っていう思いがありますね。」

 

それは彼女が評価されたことに甘んじることなく、さらに良い作品を求めて、時には迷いながら果てしない試行錯誤を続けているからなのだろう。「まだ自分には成長できる余地がある」と語る栗原さんの瞳にも作品と同じような強い生命の力を感じた。

 

 

 

栗原香織さん ウェブサイト:http://www.kaorikurihara.com

6月28日から7月1日までパリ・サンシュルピス教会広場の陶器市「Les Journées de la céramique」に出展。

また今年8月5日〜9月5日には南フランスにある陶器の村サン=カンタン・ラ・ポトゥリーで展覧会。さらに10月にはスイスで個展も予定されている。パリのGalerie Collectionでは2019年2月まで作品を展示中。

 

杉浦岳史/ライター、アートオーガナイザー

コピーライターとして広告業界に携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。ギャラリーでの勤務経験を経て、2013年より Art Bridge Paris – Tokyo を主宰。現在は広告、アートの分野におけるライター、キュレーター、コーディネーター、日仏通訳として幅広く活動。